2011年08月
2011年08月22日
ふるがだ?ザ・フルガダ。
そんな訳で、バケーションの真ん中に太陽神ラーの洗礼を受けた私だが
丸2日死んだ以降は、なんとか水着でビーチでゴロゴロ出来る程度には回復した。
まだあまり観光地として開発されていない
静かなダイバーズ・パラダイスのSoma Bayから一転
“ザ・観光地”、フルガダ中心地の巨大リゾートホテルに移動していたのだが
結果的に、それは正解、というかタイミングが良かった。
つまり。。。
Booking.comでは美味しいと言っている人も居るけど、Soma Bayのホテルに比べると
料理の質、とりわけ食材の質は完全に劣る。
毎日料理の仕方には工夫をしようとしてはいるものの、結局似通った味。
→病み中、病み上がりの身としては
そもそもそれ程沢山食べられる状況になかったので、まぁガマン出来る。
ここのビーチは果てしなく遠浅で、ハウスリーフはない。
チャプチャブと水遊びをするには良いけど
潜って楽しむには船で出かけないとポイントには辿り着けない。
→前のホテルの素晴らしいハウスリーフで3日間ビッチリ楽しんだので
ここで潜れなくても、さして悔しくはない。
諸々総合的に言って、前のホテルの方が断然評価は良いが
部屋が広くてベッドが大きい。
→部屋で静養するには、こちらのホテルの方が良い。
そんなホテルがドイツ系のゴージャスホテル
Steigenberger Al Dau Beach Hotel
中心地のホテルである事と、
前のホテルと比べると規模が格段に違う事もあって客はそれなりに居る。
ビーチも整備されていて、アミューズメントもそこそこあるので
かなり商業的な色が濃くなってるね。
ここなら、ちびっこも退屈せずにすむ。
もちろん、海もスゴくキレイ。
でも、前述したように、どこまでも遠浅。。。
なかなか膝の上まで水が来ない。
魚は居るけど、
リーフに住む様なカラフルな奴らには会えない事は言うまでもない。
ま、まだお腹もゴロゴロ言ってるので、そんなに激しく海には入らないし
ほとんどビーチで本を読むか、音楽を聴いて
たまにビール(モヒートじゃなくて(ーvー;))を持って来てもらったり
チーズパンの様なマルゲリータを食べたりして
怠惰な日々を過ごしたねぃ。。。
ところでこの場所、海の反対側はどんな風景かと言うと
こんなんです。
遠くの方に山並みが見える。
砂漠の砂煙のせいか、いつも霞んでしか見えないんだよね〜。
そして、このザ・フルガダな場所は
実は空港からスゴく近い。
ほとんどの有名ホテルは、空港から15〜20分程度の場所。
最初に泊まったSoma Bayという所は、空港から40分以上は掛かる。
モスクワから4時間半、空港から20分でこんな場所にこれるなら
在モスの旅行先としては、悪くない場所だと思うね〜。
飛行機代はちょっとだけ張るけど、実はホテルの料金がすこぶる安い!
オール・インクルッシブ(3食付き)でも1泊€100とかザラ。
物価も死ぬ程安いし、総合的に見て、決して高い旅行先じゃないと思う。
==========
Steigenberger Al Dau Beach Hotel
◎流れるプールやジャグジー等の施設が充実している。
◎潜水艦ツアーやバナナボード等のアミューズメントも多数。
◎(部屋にもよると思うけど)部屋もベッドも大きい。
△高ロシア人率。海外でロシア語を聞きたくない人はうんざりする程。
部屋番号を英語で伝えてもロシア語で確認される。。。
私「ワン、ファイブ、エイト、ファイブ」
従業員「アジン、ピャーチ、ボーシム、ピャーチ?」
私「。。。。。。。。ダー(ーー;)(イエスby露語)」
まるで私がロシア語が喋れる前提の様な対応が全く意味不明でありました。。。
△食事。。。ブッフェは記事中で述べた通り。
Xルームサービス。パスタは文句なくマズい。
X前記事でも書いたが、絶望的にネットが遅い。
計ってみると0.01Mpsとか、あり得ない速度だったりした。
ビジネスセンター内でさえ、遅くて使い物にならない程。
旅に仕事持って行くタイプの方はブチ切れる事間違いなし。
ちなみに、苦情を述べた際のビジネスセンターのおねぃちゃんの返しは。。。
「バケーションの時くらい、仕事の事なんか忘れなさいよ〜♪」
。。。
そりゃそうなんだけど。。。
仕事を持って出られるからこそ、長めに休みを取れる事もあるんよ。。。
それに、旅先でブロガーに更新してもらうのも、
ホテルにとってメリットがないとも言えないかもしれねぃよ。。。(ーvー;)
Tweet
丸2日死んだ以降は、なんとか水着でビーチでゴロゴロ出来る程度には回復した。
まだあまり観光地として開発されていない
静かなダイバーズ・パラダイスのSoma Bayから一転
“ザ・観光地”、フルガダ中心地の巨大リゾートホテルに移動していたのだが
結果的に、それは正解、というかタイミングが良かった。
つまり。。。
Booking.comでは美味しいと言っている人も居るけど、Soma Bayのホテルに比べると
料理の質、とりわけ食材の質は完全に劣る。
毎日料理の仕方には工夫をしようとしてはいるものの、結局似通った味。
→病み中、病み上がりの身としては
そもそもそれ程沢山食べられる状況になかったので、まぁガマン出来る。
ここのビーチは果てしなく遠浅で、ハウスリーフはない。
チャプチャブと水遊びをするには良いけど
潜って楽しむには船で出かけないとポイントには辿り着けない。
→前のホテルの素晴らしいハウスリーフで3日間ビッチリ楽しんだので
ここで潜れなくても、さして悔しくはない。
諸々総合的に言って、前のホテルの方が断然評価は良いが
部屋が広くてベッドが大きい。
→部屋で静養するには、こちらのホテルの方が良い。
そんなホテルがドイツ系のゴージャスホテル
Steigenberger Al Dau Beach Hotel
中心地のホテルである事と、
前のホテルと比べると規模が格段に違う事もあって客はそれなりに居る。
ビーチも整備されていて、アミューズメントもそこそこあるので
かなり商業的な色が濃くなってるね。
ここなら、ちびっこも退屈せずにすむ。
もちろん、海もスゴくキレイ。
でも、前述したように、どこまでも遠浅。。。
なかなか膝の上まで水が来ない。
魚は居るけど、
リーフに住む様なカラフルな奴らには会えない事は言うまでもない。
ま、まだお腹もゴロゴロ言ってるので、そんなに激しく海には入らないし
ほとんどビーチで本を読むか、音楽を聴いて
たまにビール(モヒートじゃなくて(ーvー;))を持って来てもらったり
チーズパンの様なマルゲリータを食べたりして
怠惰な日々を過ごしたねぃ。。。
ところでこの場所、海の反対側はどんな風景かと言うと
こんなんです。
遠くの方に山並みが見える。
砂漠の砂煙のせいか、いつも霞んでしか見えないんだよね〜。
そして、このザ・フルガダな場所は
実は空港からスゴく近い。
ほとんどの有名ホテルは、空港から15〜20分程度の場所。
最初に泊まったSoma Bayという所は、空港から40分以上は掛かる。
モスクワから4時間半、空港から20分でこんな場所にこれるなら
在モスの旅行先としては、悪くない場所だと思うね〜。
飛行機代はちょっとだけ張るけど、実はホテルの料金がすこぶる安い!
オール・インクルッシブ(3食付き)でも1泊€100とかザラ。
物価も死ぬ程安いし、総合的に見て、決して高い旅行先じゃないと思う。
==========
Steigenberger Al Dau Beach Hotel
◎流れるプールやジャグジー等の施設が充実している。
◎潜水艦ツアーやバナナボード等のアミューズメントも多数。
◎(部屋にもよると思うけど)部屋もベッドも大きい。
△高ロシア人率。海外でロシア語を聞きたくない人はうんざりする程。
部屋番号を英語で伝えてもロシア語で確認される。。。
私「ワン、ファイブ、エイト、ファイブ」
従業員「アジン、ピャーチ、ボーシム、ピャーチ?」
私「。。。。。。。。ダー(ーー;)(イエスby露語)」
まるで私がロシア語が喋れる前提の様な対応が全く意味不明でありました。。。
△食事。。。ブッフェは記事中で述べた通り。
Xルームサービス。パスタは文句なくマズい。
X前記事でも書いたが、絶望的にネットが遅い。
計ってみると0.01Mpsとか、あり得ない速度だったりした。
ビジネスセンター内でさえ、遅くて使い物にならない程。
旅に仕事持って行くタイプの方はブチ切れる事間違いなし。
ちなみに、苦情を述べた際のビジネスセンターのおねぃちゃんの返しは。。。
「バケーションの時くらい、仕事の事なんか忘れなさいよ〜♪」
。。。
そりゃそうなんだけど。。。
仕事を持って出られるからこそ、長めに休みを取れる事もあるんよ。。。
それに、旅先でブロガーに更新してもらうのも、
ホテルにとってメリットがないとも言えないかもしれねぃよ。。。(ーvー;)
2011年08月20日
ふるがだ?せんれい??
Soma Bay のホテルを出て、フルガダに移動する日の朝
私は腹痛と共に目が覚めた。。。
這う様にしてトイレに駆け込んだが、全くお腹の痛みは収まらず。
ベッドに戻ってもがいている内に吐き気も模様して来た。。。
実は前日の夜、相棒ぶひも(珍しく)気持ち悪い、と言い出し早めに休んでいた。
朝にはかなり状態が良くなっていた様子だが
正直、この時の私には彼の事を気遣う余裕はなく。。。
それ以降の彼の容態は全く持って不明である。(ー∀ー;)
チェックアウトの時間は12時。
しかし10時を回っても具合は一向に良くならない。
フロントに聞くと、ホテル内に医者が常駐しているとの事で、診てもらう事にした。
色の黒いインド人の様なエジプト人の医者に症状を話し
インド人の様に分かり難いアクセントの英語を必至に聞いた。
理解した所によると、どうやら痛み止めと吐き気止めの注射をする。。。と。。。
かつて、布団針や安全ピンで自ら耳に穴を(何個も)開けた私だが
注射は死ぬ程嫌いでぃっす。キリッッッッッ!( ̄ー ̄;)
しかし、今はそれどころではない。
この痛みと吐き気が治まるなら。。。と、腕を差し出したが。。。
医者が注射器を取り出し、針を着けた瞬間、朦朧とする頭を過った事。。。
今でも中国等に駐在する人達の中には
“マイ注射針”を所持している人も居ると聞き及んでいる。
過去※ロシアビザを収得する際、2回程エイズ検査を受けているがいずれも陰性。
次回、何かの機会に同検査を受ける事になっても、
結果が陰性である事を心から願うしかなかった。(T_T)
※現在は不要。
「30分位で、痛みも吐き気も治まるよ」
「そいから、薬も出しておくから飲んでね」
と言われ、また部屋のベッドに這い戻る。
30分。。。1時間。。。
痛みと吐き気の治まる様子はなく、
12時までにチェックアウトなんか出来る状態ではないので
3時半まで時間を延ばしてもらう事にした。
しかし。。。
痛みと吐き気は若干弱まって来た気配はあるものの
徐々に倦怠感が出てと体の節々が痛み出し、間違いなく発熱して来ているのが分かる。
3時頃に持参して来ていたバファリンを飲むと
熱が引いて来たのか、出発時間には何とか4、50分の車移動にも耐えられるかも。。。
と思える程度にはなってきた。
途中でトイレに止めてもらう必要もなく
いや、仮に必要があったとしても道中にはホテルも店も、
トイレを借りられる様な場所はほとんどない。
砂漠と開発地がただ延々と海岸沿いに続いているだけ。。。マジ、良かったよ。。。(ーvー;)
無事にこの日のホテルに到着。
Steigenbergar Al Dau Beach Hotel
昨日までのアットホームで落ち着きのあるホテルとは打って変わって
こちらは一大リゾート大ホテル。
これはこれで、悪くない。。。
部屋からの眺め
フルガダど真ん中の大ホテルだけあって、
砂漠の筈の土地にも緑がふんだんに植えられている。
人工と分かりつつも、やっぱりそのコントラストが美しい。。。
そう、この美しい緑と青く高い空、
どこまでも透き通り、太陽の光を燦々と受けて輝く海を目の前に。。。
一日中ベッドとトイレの往復を強いられたのだ。。。orz
多少症状が治まる時間を使って、ネットでもするかいね。。。
と思ってパソコンを繋げるも、
絶望的に遅い回線は、
震災時に混乱の中で唯一繋がったというTwitter(携帯)でさえ繋がらない程の遅さ。。。
少し早くなっても、せいぜいISDN回線を彷彿とさせる程度。
今回我々はネット無料のプランだったが、本来は有料。
無料であっても全く使い物にならないネットが有料で使っていたとしたら。。。
間違いなくエジプトで日本人による小さな暴動が報道されていた事でしょう。。。(ーー)
そんな中で奇跡的にDSLで1Mpsくらいの高速(じゃねーし(ーー))になった瞬間を狙って
処方された薬が一体どんなモノなのか調べてみた。
だって、十中八九ウイルス性の症状なのに、ただの胃薬処方されてたらイヤじゃん。
てか、多分抗生物質が入ってなければ治んないかもしんないし。。。
で、飲んでた薬はこれ。
青い文字のZantacは胃炎の薬だった。
腹痛に対応する為に処方されたらしい。
緑の文字のMorinormは抗ドーパミン薬。
こちらは吐き気に対して。
この二つは、まぁアラビア語は書いてあるけど スゴい偏見?(^^;)
天下のグラクソの薬なので、そうそう心配してなかったんだけど
問題は、こっち。。。
Intestinal antiseptic & spasmolytic。。。と書いてあるので
恐らくこれが抗生物質だと思うんだけど、薬名の“Drotazide”でググってみると
トップに出てくるのがトラベルサイト、Trip Adviser の掲示板のページ。
しかもその掲示板のタイトルは
。。。
(^^;)
みんなやられっちゃってんのね〜。。。
読んでみると
前にエジプトでヒデー目に遭って、この薬で良くなった。。。とか
これからフルガダ行くんだけど、前もって購入しておきたい。。。とか
すげー効くし、すげー安い。。。とか
この薬の話題で結構盛り上がってる。。。
この日と翌日は、ほぼ丸一日静養。
その後は徐々に回復、ビーチにて静養出来るまでになった。
途中で「もう大丈夫かな?」と思って薬を止めた途端にお腹が怪しくなり
急遽また薬を飲み始め、結局旅行中と帰って来てからの数日まで
この神薬、Dorotazideを飲み続けていた。
安い、という情報を得ていたので薬局で少し多めに買い足し、
モスクワでの生活にも備えた。
ええ。。。何度となく、こんな目に遭ってますから@モスクワ。。。orz
ちなみに1箱12カプセル(3日分)で10エジプト・ポンド(約130円)。
マジで安いっ!
てか、薬の値段か?!
。。。って感じっす。。。
聞く所によると、対岸のシャルム・エル・シェイクに同時期に行っていたYちゃんも
お腹ぴーぴーだったとか。。。
何が原因かは、考えても良くわかりません。
水道水はもちろん飲んでないけど、歯磨きとウガイには使ってた。
食事の中の何かだったとしたら、ブッフェ形式のハーフボードで
周辺にはレストランなんかないんだから、宿泊客全員が似た様なモノを食べていた筈。
だけどホテルの医務室には私しか居なかった。。。
やっぱり怪しいのは、コレか?!
ビーチでしこたま飲んだモヒート(氷入り)
しこたま飲んだモヒート(氷入り)
モヒート。。。カッコ氷入り。
氷なんて食べない様にしていても、
気温40℃の中じゃアッと言う間に溶けちまうだでよ。。。(ーー;)
でも、モヒートだとしても
初日からほぼ毎日飲んでたのに、症状が出たのが最終日というのも
ちょっと解せない気もするんだよなぁ〜。。。
しかもちょっとだけだけど、ぶひも症状出たし。。。
いや。。。原因なんて食べ物の中に探したって、ホントはないのかもしれない。
何故なら原因は。。。
エジプトだから。
エジプトで酷い目に遭った人の話は枚挙にいとまがない。
これは、エジプトに足を踏み入れた者に対する
太陽神ラーの洗礼なのかもしれない。。。
グルグルグルグルグル。。。
ぴぃ〜。。。
Tweet
私は腹痛と共に目が覚めた。。。
這う様にしてトイレに駆け込んだが、全くお腹の痛みは収まらず。
ベッドに戻ってもがいている内に吐き気も模様して来た。。。
実は前日の夜、相棒ぶひも(珍しく)気持ち悪い、と言い出し早めに休んでいた。
朝にはかなり状態が良くなっていた様子だが
正直、この時の私には彼の事を気遣う余裕はなく。。。
それ以降の彼の容態は全く持って不明である。(ー∀ー;)
チェックアウトの時間は12時。
しかし10時を回っても具合は一向に良くならない。
フロントに聞くと、ホテル内に医者が常駐しているとの事で、診てもらう事にした。
色の黒いインド人の様なエジプト人の医者に症状を話し
インド人の様に分かり難いアクセントの英語を必至に聞いた。
理解した所によると、どうやら痛み止めと吐き気止めの注射をする。。。と。。。
かつて、布団針や安全ピンで自ら耳に穴を(何個も)開けた私だが
注射は死ぬ程嫌いでぃっす。キリッッッッッ!( ̄ー ̄;)
しかし、今はそれどころではない。
この痛みと吐き気が治まるなら。。。と、腕を差し出したが。。。
医者が注射器を取り出し、針を着けた瞬間、朦朧とする頭を過った事。。。
先生。。。
その針、使い捨ての奴でしょうねぃ。。。(((( ;゚д゚)))
その針、使い捨ての奴でしょうねぃ。。。(((( ;゚д゚)))
今でも中国等に駐在する人達の中には
“マイ注射針”を所持している人も居ると聞き及んでいる。
過去※ロシアビザを収得する際、2回程エイズ検査を受けているがいずれも陰性。
次回、何かの機会に同検査を受ける事になっても、
結果が陰性である事を心から願うしかなかった。(T_T)
※現在は不要。
「30分位で、痛みも吐き気も治まるよ」
「そいから、薬も出しておくから飲んでね」
と言われ、また部屋のベッドに這い戻る。
30分。。。1時間。。。
痛みと吐き気の治まる様子はなく、
12時までにチェックアウトなんか出来る状態ではないので
3時半まで時間を延ばしてもらう事にした。
しかし。。。
痛みと吐き気は若干弱まって来た気配はあるものの
徐々に倦怠感が出てと体の節々が痛み出し、間違いなく発熱して来ているのが分かる。
3時頃に持参して来ていたバファリンを飲むと
熱が引いて来たのか、出発時間には何とか4、50分の車移動にも耐えられるかも。。。
と思える程度にはなってきた。
途中でトイレに止めてもらう必要もなく
いや、仮に必要があったとしても道中にはホテルも店も、
トイレを借りられる様な場所はほとんどない。
砂漠と開発地がただ延々と海岸沿いに続いているだけ。。。マジ、良かったよ。。。(ーvー;)
無事にこの日のホテルに到着。
Steigenbergar Al Dau Beach Hotel
昨日までのアットホームで落ち着きのあるホテルとは打って変わって
こちらは一大リゾート大ホテル。
これはこれで、悪くない。。。
部屋からの眺め
フルガダど真ん中の大ホテルだけあって、
砂漠の筈の土地にも緑がふんだんに植えられている。
人工と分かりつつも、やっぱりそのコントラストが美しい。。。
そう、この美しい緑と青く高い空、
どこまでも透き通り、太陽の光を燦々と受けて輝く海を目の前に。。。
一日中ベッドとトイレの往復を強いられたのだ。。。orz
多少症状が治まる時間を使って、ネットでもするかいね。。。
と思ってパソコンを繋げるも、
絶望的に遅い回線は、
震災時に混乱の中で唯一繋がったというTwitter(携帯)でさえ繋がらない程の遅さ。。。
少し早くなっても、せいぜいISDN回線を彷彿とさせる程度。
今回我々はネット無料のプランだったが、本来は有料。
無料であっても全く使い物にならないネットが有料で使っていたとしたら。。。
間違いなくエジプトで日本人による小さな暴動が報道されていた事でしょう。。。(ーー)
そんな中で奇跡的にDSLで1Mpsくらいの高速(じゃねーし(ーー))になった瞬間を狙って
処方された薬が一体どんなモノなのか調べてみた。
だって、十中八九ウイルス性の症状なのに、ただの胃薬処方されてたらイヤじゃん。
てか、多分抗生物質が入ってなければ治んないかもしんないし。。。
で、飲んでた薬はこれ。
青い文字のZantacは胃炎の薬だった。
腹痛に対応する為に処方されたらしい。
緑の文字のMorinormは抗ドーパミン薬。
こちらは吐き気に対して。
この二つは、まぁアラビア語は書いてあるけど スゴい偏見?(^^;)
天下のグラクソの薬なので、そうそう心配してなかったんだけど
問題は、こっち。。。
Intestinal antiseptic & spasmolytic。。。と書いてあるので
恐らくこれが抗生物質だと思うんだけど、薬名の“Drotazide”でググってみると
トップに出てくるのがトラベルサイト、Trip Adviser の掲示板のページ。
しかもその掲示板のタイトルは
。。。
(^^;)
みんなやられっちゃってんのね〜。。。
読んでみると
前にエジプトでヒデー目に遭って、この薬で良くなった。。。とか
これからフルガダ行くんだけど、前もって購入しておきたい。。。とか
すげー効くし、すげー安い。。。とか
この薬の話題で結構盛り上がってる。。。
この日と翌日は、ほぼ丸一日静養。
その後は徐々に回復、ビーチにて静養出来るまでになった。
途中で「もう大丈夫かな?」と思って薬を止めた途端にお腹が怪しくなり
急遽また薬を飲み始め、結局旅行中と帰って来てからの数日まで
この神薬、Dorotazideを飲み続けていた。
安い、という情報を得ていたので薬局で少し多めに買い足し、
モスクワでの生活にも備えた。
ええ。。。何度となく、こんな目に遭ってますから@モスクワ。。。orz
ちなみに1箱12カプセル(3日分)で10エジプト・ポンド(約130円)。
マジで安いっ!
てか、薬の値段か?!
。。。って感じっす。。。
聞く所によると、対岸のシャルム・エル・シェイクに同時期に行っていたYちゃんも
お腹ぴーぴーだったとか。。。
何が原因かは、考えても良くわかりません。
水道水はもちろん飲んでないけど、歯磨きとウガイには使ってた。
食事の中の何かだったとしたら、ブッフェ形式のハーフボードで
周辺にはレストランなんかないんだから、宿泊客全員が似た様なモノを食べていた筈。
だけどホテルの医務室には私しか居なかった。。。
やっぱり怪しいのは、コレか?!
ビーチでしこたま飲んだモヒート(氷入り)
しこたま飲んだモヒート(氷入り)
モヒート。。。カッコ氷入り。
氷なんて食べない様にしていても、
気温40℃の中じゃアッと言う間に溶けちまうだでよ。。。(ーー;)
でも、モヒートだとしても
初日からほぼ毎日飲んでたのに、症状が出たのが最終日というのも
ちょっと解せない気もするんだよなぁ〜。。。
しかもちょっとだけだけど、ぶひも症状出たし。。。
いや。。。原因なんて食べ物の中に探したって、ホントはないのかもしれない。
何故なら原因は。。。
エジプトだから。
エジプトで酷い目に遭った人の話は枚挙にいとまがない。
これは、エジプトに足を踏み入れた者に対する
太陽神ラーの洗礼なのかもしれない。。。
グルグルグルグルグル。。。
ぴぃ〜。。。
2011年08月18日
ふるがだ?フルガダです。
さて。。。
色々ありまして、更新が遅れております。。。(ー∀ー;)
在モスの友達の間での認知率
0%でした。
在ドイツの友達も「どこそれ?(ーー)」って反応でした。
んが。。。
どちらの土地でも非常にポピュラーな行き先である事は間違いねぃっす。
実際私も、最初にここに行こうとしたのは、まだドイツに住んでいる時。
その時は飛行機が激込み、結局取れなくて断念。
そして現在住んでいるモスクワからは直行便がほぼ毎日1日に3便も4便も飛んでいる。
エジプト紅海沿岸のリゾート地
フルガダ(Hurghada)
日本語だと“ハルガダ”の表記が多いみたいだけど、
現地の人の発音でも“フルガダ”に聞こえるんだよなぁ〜。。。どっち?
モスクワからはたったの4時間半。
内陸は砂漠で海に流れ込む川もないため
汚れのない、透明度の高いダイバー垂涎の海として知られている。
私はスキューバはしないが、スノーケルは大好き。
モルジブのミリヒという場所は今までの1番。本当に楽しい海だった。
今回は1カ所滞在としては少し長めなので
前半と後半でホテルを変える事に。
まずは前半の4泊。
The Breakers Diving and Surfing Lodge
ここは、フルガダと言うよりはSoma Bayと言う場所。
フルガダから約45kmのまだ開発途中の静かなリゾート地。
決して豪華なホテルと言う訳じゃないけど
施設は一通り揃っていて、プールも常に循環されていて気持ちよい。
そして、何と言ってもここを選んだのは。。。
部屋からの眺め。
取り囲む海の評判。
バーからの眺め
この写真の奥に桟橋が伸びているの、分かるかな?
バーから続くレストランからの眺め。
この桟橋、500m位ず〜〜〜〜っと沖に伸びていて
これが桟橋の先端からホテルを望んだ所。
陸に近い所は、ほとんど砂浜で遠浅なんだけど
ココまで来ると足下には
ハウスリーフが広がっている。
まさかモスクワからスノーケルを楽しめる場所に行けるとは思っていなかったので
水中カメラの用意がなかったのが返す返すも残念だけど
ここの海は本当にキレイだった!
大物に出会う事は出来なかったけど、とにかく魚影が濃い!
そしてリーフがスバラシイ!!
まるで良く作り込まれた水族館の中を泳いでいるみたいに奇麗な珊瑚の森が広がっている。
モルジブのミリヒを超えたね。(ーvー)
加えてドロップオフも桟橋先端からすぐだから
変化に富んだ風景が、とにかく潜っていて楽しい♪
それもその筈。
この場所は、フルガダや他の地域からも船で潜りに来る程のポイントなのだ。
毎日毎日、桟橋先端近くに船が来て、みんなそこから潜っていた。
本当はここでスキューバのライセンスでも取ろうかと思ってたんだけど
私が潜ってるすぐ目と鼻の先にスキューバしてる人がいて
“こりゃ〜アタシが見てる風景とスキューバで見る風景と、さして変わらなそうだな。。。”
と思って、ライセンスは止めたのだ。
だって、勉強してる時間がもったいないもんね〜。^^
そんな場所に、私は毎日徒歩で向かう優越感♪
潜り疲れたら徒歩で戻ってビーチで昼寝。。。
一連の中東の革命騒ぎの為か
真夏のエジプトに行こうと考えるアホはそうそういないのか(連日40℃だし。。。)
この宿がほとんどダイバーの為の宿だからビーチで休むマヌケはいないのか。。。
静かでのんびり出来たねぃ。。。( ̄ー ̄)
丸3日間、びっちりスノーケルを楽しんで大満足。
しかし。。。
。。。
調子に乗ってガブガブ飲んでたモヒート(氷入り)
ひょっとして。。。
(つ・づ・く)
==========
The Breakers Diving and Surfing Lodge
基本的にハーフボード。(ブッフェ)
◎スタッフがフレンドリー
◎オーナーと思われる方々(2人)が「如何ですか?」と
一人一人に声をかけるきめ細やかさ。
◎リーフの良さは記事中に述べた通り。
△部屋では有線でしかネットが繋げない。
バーやレストランのエリアではWiFiが繋がる。(無料)
△フルガダの空港から遠いので送迎は必須。
事前予約で片道30ユーロと現地の物価を考えると割高。
Xちびっこ連れには向かない。ちびっ子向けのアトラクションはほぼ0。
X開発途中の為か、ホテルの外には大人のアトラクションもほぼない。
そして。。。
◎料理がうまい!これはかなり重要。
とにかく野菜、魚、肉の素材が良く、調理法も素材の味が生かされている。
アジアン・ナイトがあって、タイやマレーシアの料理も振る舞われたが
どれも本格的で、モスクワの高級アジア料理よりずっとウマい。
Bookings.comの評価もかなり良い。
ちなみに、ドイツ人率(多分)80%。
ロシア語も聞かれたが、ほとんどウクライナとか周辺からの客だと言う事だった。
日本人は我々が初だって。
Tweet
色々ありまして、更新が遅れております。。。(ー∀ー;)
在モスの友達の間での認知率
0%でした。
在ドイツの友達も「どこそれ?(ーー)」って反応でした。
んが。。。
どちらの土地でも非常にポピュラーな行き先である事は間違いねぃっす。
実際私も、最初にここに行こうとしたのは、まだドイツに住んでいる時。
その時は飛行機が激込み、結局取れなくて断念。
そして現在住んでいるモスクワからは直行便がほぼ毎日1日に3便も4便も飛んでいる。
エジプト紅海沿岸のリゾート地
フルガダ(Hurghada)
日本語だと“ハルガダ”の表記が多いみたいだけど、
現地の人の発音でも“フルガダ”に聞こえるんだよなぁ〜。。。どっち?
モスクワからはたったの4時間半。
内陸は砂漠で海に流れ込む川もないため
汚れのない、透明度の高いダイバー垂涎の海として知られている。
私はスキューバはしないが、スノーケルは大好き。
モルジブのミリヒという場所は今までの1番。本当に楽しい海だった。
今回は1カ所滞在としては少し長めなので
前半と後半でホテルを変える事に。
まずは前半の4泊。
The Breakers Diving and Surfing Lodge
ここは、フルガダと言うよりはSoma Bayと言う場所。
フルガダから約45kmのまだ開発途中の静かなリゾート地。
決して豪華なホテルと言う訳じゃないけど
施設は一通り揃っていて、プールも常に循環されていて気持ちよい。
そして、何と言ってもここを選んだのは。。。
部屋からの眺め。
取り囲む海の評判。
バーからの眺め
この写真の奥に桟橋が伸びているの、分かるかな?
バーから続くレストランからの眺め。
この桟橋、500m位ず〜〜〜〜っと沖に伸びていて
これが桟橋の先端からホテルを望んだ所。
陸に近い所は、ほとんど砂浜で遠浅なんだけど
ココまで来ると足下には
ハウスリーフが広がっている。
まさかモスクワからスノーケルを楽しめる場所に行けるとは思っていなかったので
水中カメラの用意がなかったのが返す返すも残念だけど
ここの海は本当にキレイだった!
大物に出会う事は出来なかったけど、とにかく魚影が濃い!
そしてリーフがスバラシイ!!
まるで良く作り込まれた水族館の中を泳いでいるみたいに奇麗な珊瑚の森が広がっている。
モルジブのミリヒを超えたね。(ーvー)
加えてドロップオフも桟橋先端からすぐだから
変化に富んだ風景が、とにかく潜っていて楽しい♪
それもその筈。
この場所は、フルガダや他の地域からも船で潜りに来る程のポイントなのだ。
毎日毎日、桟橋先端近くに船が来て、みんなそこから潜っていた。
本当はここでスキューバのライセンスでも取ろうかと思ってたんだけど
私が潜ってるすぐ目と鼻の先にスキューバしてる人がいて
“こりゃ〜アタシが見てる風景とスキューバで見る風景と、さして変わらなそうだな。。。”
と思って、ライセンスは止めたのだ。
だって、勉強してる時間がもったいないもんね〜。^^
そんな場所に、私は毎日徒歩で向かう優越感♪
潜り疲れたら徒歩で戻ってビーチで昼寝。。。
一連の中東の革命騒ぎの為か
真夏のエジプトに行こうと考えるアホはそうそういないのか(連日40℃だし。。。)
この宿がほとんどダイバーの為の宿だからビーチで休むマヌケはいないのか。。。
静かでのんびり出来たねぃ。。。( ̄ー ̄)
丸3日間、びっちりスノーケルを楽しんで大満足。
しかし。。。
。。。
調子に乗ってガブガブ飲んでたモヒート(氷入り)
ひょっとして。。。
これが原因でしょうか。。。(ーー;)
(つ・づ・く)
==========
The Breakers Diving and Surfing Lodge
基本的にハーフボード。(ブッフェ)
◎スタッフがフレンドリー
◎オーナーと思われる方々(2人)が「如何ですか?」と
一人一人に声をかけるきめ細やかさ。
◎リーフの良さは記事中に述べた通り。
△部屋では有線でしかネットが繋げない。
バーやレストランのエリアではWiFiが繋がる。(無料)
△フルガダの空港から遠いので送迎は必須。
事前予約で片道30ユーロと現地の物価を考えると割高。
Xちびっこ連れには向かない。ちびっ子向けのアトラクションはほぼ0。
X開発途中の為か、ホテルの外には大人のアトラクションもほぼない。
そして。。。
◎料理がうまい!これはかなり重要。
とにかく野菜、魚、肉の素材が良く、調理法も素材の味が生かされている。
アジアン・ナイトがあって、タイやマレーシアの料理も振る舞われたが
どれも本格的で、モスクワの高級アジア料理よりずっとウマい。
Bookings.comの評価もかなり良い。
ちなみに、ドイツ人率(多分)80%。
ロシア語も聞かれたが、ほとんどウクライナとか周辺からの客だと言う事だった。
日本人は我々が初だって。
2011年08月13日
いつ学ぶのか?
"Secrecy, once accepted, becomes an addiction."
ぶっちゃけ、一度受け入れたら、中毒になるんだ。
広島と長崎に落とされた原爆を作った科学者の一人
エドワード・テラーが言った言葉です。
夏がくれば、好むと好まざると、日本人なら誰もが思い出す原爆と終戦。
原爆の歴史は、アメリカに取っては検閲とプロパガンダの歴史である
と、英国紙ガーディアンに寄せられた記事にあります。
==========
軍は、映像記録を止めさせただけではなく、
レポーター達の爆撃された地域への立ち入りを禁止したのです。
ピューリツァー賞受賞のジャーナリスト、ジョージ・ウェラーは、
何とかして長崎に入る事が出来ました。
しかし、彼の記事はマッカーサーによって抹殺されました。
オーストラリアのWilfred Burchett は、
どうにか爆撃後間もない長崎に入ることができ
"a warning to the world", "atomic plague"
「世界に警告」、「核の疫病」
と、レポートを残しています。
一方軍はWilliam Laurenceという、
ニューヨークタイムズの記者を使って独自の展開を広げます。
彼は忠実に米国政府の立場を取り、
「日本人の言う“症状”に真実味を持たない」と報告しました。
悲しくも、彼はこのプロパガンダでピューリツァー賞を受賞したのです。
彼は又、米陸軍から給料を受けている人でもありました。
Greg Mitchellは何十年にも渡って、
広島長崎の歴史と余波について書いている人です。
と言っています。
彼が何年にも渡って探し続けていた、
軍のフィルムの中にはこんなシーンがあります。
若い男性の背中が真っ赤に生々しく負傷し治療を受けている。
しかし、彼は生き延びた。
Michell氏は現在82歳のタニグチ スミテルさんが、
福島の事を受けて新聞にコメントを寄せているのを見つけた。
==========
この記事のタイトルは
From Hiroshima to Fukushima: Japan's atomic tragedies
広島から福島へ:日本の原子力の悲劇
リードには
In 1945, the US suppressed reports of its A-bombs.
In 2011, Japan censors Fukushima's radiation. When will we learn?
1945年、アメリカは原爆のレポートを抑制させた。
2011年、日本は福島の放射線の検閲をした。
私達はいつ学ぶのか?
と、ある。
一体、本当にいつ学ぶんだろう?
大手メディアの世論調査でさえ
「脱原発」を希望している人が70%を超えているというニュースも見た。
原発がなかったら福島の経済はどうなるんだ?!
今まで無責任に恩恵だけを預かって来た都会の人間が「脱原発」なんて笑わせる!
。。。みたいな発言もあったけど
その福島県が「脱原発」を表明したね。
そろそろ上っ面だけじゃなくて、一つの議題に対してとことん議論を深化させ
一般国民が判断材料と出来る様な番組なんかも出て来てるんだろうか。。。
私の知る限りは、出て来てないんだが。。。
世間が反原発の方向に向いたからって、迎合するだけの報道、放送をするんじゃなく
メディアとして、今何が出来るのか(特にキー局で)ちゃんと考えて欲しい。
今まで放置・容認して来た責任を、取りあえずは棚に上げてるの許してるんだからさ。
一人一人が自分の意見を持てる材料を、もっともっと出してもらわないと。
だって、「今」でしょ学ぶの。
「今」学ばないと、いつ学の?
休暇に来たと思ったら、酷い(多分)食中毒で苦しんでる最中(ーー;)
なかなか繋がらないネット環境で、たまたま目に出来た記事を読んで思った事。
災害後、事故後、5ヶ月目。
もっともっと前に進みたいと思ふ今日この頃。
そんな訳で、パソコン&カメラとフル装備で来たにも関わらず、思った様にブログ更新も出来ず。。。
しかし近々、旅行記。。。もしくは闘病記。。。を書きたいと思います。。。orz
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ぶっちゃけ、一度受け入れたら、中毒になるんだ。
広島と長崎に落とされた原爆を作った科学者の一人
エドワード・テラーが言った言葉です。
夏がくれば、好むと好まざると、日本人なら誰もが思い出す原爆と終戦。
原爆の歴史は、アメリカに取っては検閲とプロパガンダの歴史である
と、英国紙ガーディアンに寄せられた記事にあります。
==========
軍は、映像記録を止めさせただけではなく、
レポーター達の爆撃された地域への立ち入りを禁止したのです。
ピューリツァー賞受賞のジャーナリスト、ジョージ・ウェラーは、
何とかして長崎に入る事が出来ました。
しかし、彼の記事はマッカーサーによって抹殺されました。
オーストラリアのWilfred Burchett は、
どうにか爆撃後間もない長崎に入ることができ
"a warning to the world", "atomic plague"
「世界に警告」、「核の疫病」
と、レポートを残しています。
一方軍はWilliam Laurenceという、
ニューヨークタイムズの記者を使って独自の展開を広げます。
彼は忠実に米国政府の立場を取り、
「日本人の言う“症状”に真実味を持たない」と報告しました。
悲しくも、彼はこのプロパガンダでピューリツァー賞を受賞したのです。
彼は又、米陸軍から給料を受けている人でもありました。
Greg Mitchellは何十年にも渡って、
広島長崎の歴史と余波について書いている人です。
「全ての核兵器や核エネルギーに触れる事は、
隠蔽や危険を社会にもたらす。」
隠蔽や危険を社会にもたらす。」
と言っています。
彼が何年にも渡って探し続けていた、
軍のフィルムの中にはこんなシーンがあります。
若い男性の背中が真っ赤に生々しく負傷し治療を受けている。
しかし、彼は生き延びた。
Michell氏は現在82歳のタニグチ スミテルさんが、
福島の事を受けて新聞にコメントを寄せているのを見つけた。
「原子力と人類は共生出来ない。
私達、原爆の生存者はそう言い続けて来た。
それでもなお、原子力は平和利用とごまかされ、使い続けて来た。
自然災害がいつやってくるか分からない。
原発事故が起こらないなんて、言う事は出来ない。」
私達、原爆の生存者はそう言い続けて来た。
それでもなお、原子力は平和利用とごまかされ、使い続けて来た。
自然災害がいつやってくるか分からない。
原発事故が起こらないなんて、言う事は出来ない。」
==========
この記事のタイトルは
From Hiroshima to Fukushima: Japan's atomic tragedies
広島から福島へ:日本の原子力の悲劇
リードには
In 1945, the US suppressed reports of its A-bombs.
In 2011, Japan censors Fukushima's radiation. When will we learn?
1945年、アメリカは原爆のレポートを抑制させた。
2011年、日本は福島の放射線の検閲をした。
私達はいつ学ぶのか?
と、ある。
When will we learn?
私達はいつ学ぶのか?
一体、本当にいつ学ぶんだろう?
大手メディアの世論調査でさえ
「脱原発」を希望している人が70%を超えているというニュースも見た。
原発がなかったら福島の経済はどうなるんだ?!
今まで無責任に恩恵だけを預かって来た都会の人間が「脱原発」なんて笑わせる!
。。。みたいな発言もあったけど
その福島県が「脱原発」を表明したね。
そろそろ上っ面だけじゃなくて、一つの議題に対してとことん議論を深化させ
一般国民が判断材料と出来る様な番組なんかも出て来てるんだろうか。。。
私の知る限りは、出て来てないんだが。。。
世間が反原発の方向に向いたからって、迎合するだけの報道、放送をするんじゃなく
メディアとして、今何が出来るのか(特にキー局で)ちゃんと考えて欲しい。
今まで放置・容認して来た責任を、取りあえずは棚に上げてるの許してるんだからさ。
一人一人が自分の意見を持てる材料を、もっともっと出してもらわないと。
だって、「今」でしょ学ぶの。
「今」学ばないと、いつ学の?
休暇に来たと思ったら、酷い(多分)食中毒で苦しんでる最中(ーー;)
なかなか繋がらないネット環境で、たまたま目に出来た記事を読んで思った事。
災害後、事故後、5ヶ月目。
もっともっと前に進みたいと思ふ今日この頃。
そんな訳で、パソコン&カメラとフル装備で来たにも関わらず、思った様にブログ更新も出来ず。。。
しかし近々、旅行記。。。もしくは闘病記。。。を書きたいと思います。。。orz