反原発が反原発を駆逐する。ありがとうございました。
2011年06月03日

でも、それでもデモ。

前回書いたデモの記事が、いつの間にか(私としては)多くの人に読まれていて
多くのご批判も頂いていたようです。

とても勉強になりました。

前回の記事を読んでくれた人が、また読みに来てくれるとは思ってないけど
私なりに、もう少し、あのデモで感じた事をなるべく誤解のない様に
書き留めておきたいと思います。

予備知識として、反/脱原発運動が、
ある特定の思想を持つ左寄り団体と結びつけられて来た歴史がある事は
十分承知していました。

私自身は、20年以上原発に反対する思いがありましたが
それは政治的思想とは完全に関係のない一般市民の気持ちです。
そもそも20年以上前は今以上にノンポリでしたし。

どのような思想であれ、反原発を訴える事と
その他の事を一緒くたに訴える気持ちは私にはありませんので

今回のデモの主催が誰であるのかは、事前に確認しました。

私も昔から知っている、老舗反核運動団体の原子力資料室だったので
「変な事にはならないだろう」と思って参加を決めました。
まぁ、そう思ってしまった事の根拠も、今思えばなかった訳ですが。。。

しかし、いざ会場に行ってみると、一目で左寄りと分かる団体名や
スローガンを書いたノボリが沢山。。。
良く知らない団体のノボリも方々も、後で調べてみると左寄りだった。
少し嫌な感じがしたのは確かです。
だって、団体で参加してる人が多くて
その団体も偏った方向から来てる人らしくて
こちらは一人の参加ですから。
でも、その事はそのデモへの参加を止める理由にはなりませんでした。

左とか右とか、上とか下とか。。。正直どうでも良いです。

思いが一緒なら、誰と訴えても構わないと思っているからです。

しかし実際には、原発とは全く関係のない事を
拡声器を使って、シュプレヒコールとして、訴えていました。
私が居たグループの、一体何人がその事に違和感を覚えたか分かりませんが
少なくとも、その中の人全てが“団体”の人ではなく
普通に参加して来た一般の人も、そのグループに居た様に見えました。

今巻き起こっている反/脱原発のデモに参加する多くの人は
今までデモなんて(きっと)参加する事も考えなかった様な人達ですよね。
日本のデモの特異性から、デモを敬遠して来た人も多いでしょう。
ただ単に政治に興味がなく、デモなんて知ろうともしなかった人も多いでしょう。

それでも、今回の事には黙っていられず
矢も楯もたまらずに、意思表示をしたい、
まだ関心を持っていない多くの人を巻き込みたい
そう思ってデモに足を向ける人が大多数なのではないでしょうか。

そういう人達を集めておいて
原発と全く関係のない問題を拡声器を使って、シュプレヒコールとして
ともすれば、そんなこと思ってもいない人達にまで
ただ単に流れだけで、後追いコールをさせる様な行為に
私は激しく嫌悪を感じたのです。

「ちょこっと政治思想が入ってるのなんて当たり前。
いちいち目くじら立てるのって、世間知らず過ぎる。」

。。。みたいな意見をお持ちの方も沢山いるようですが
私にはそうは思えません。
意見を批判する意味ではなく、理解が出来ないのです。

おそらく、今まで日本で行われて来た多くのデモにおいては
一つの訴えで集まって居ても、
それ以外の思想も同じくする団体が主に参加するデモであれば
主題以外の事を混ぜ込んでも問題なかったのかもしれない。
そして、そこにたまたま紛れ込んでしまった一般の人は
その事を飲み込んでデモに参加していたのかもしれない。
事実はよく知りませんのでコメントからの想像です。

でも、許容する事と、そうあるべきかどうか、という事は別の事じゃないでしょうか。

デモの目的は、
こんなに沢山の人がこの件について、こういう思いを持ってます、とアピールする事。
大勢の人が町をうねり歩く事によって、関心のない人の関心を得る事。

けど、デモで沢山の異なる意見をあげれば、周囲は何を訴えているのか分からない。
デモの目的の達成度が減るでしょう。
主題には共感出来ても、時々聞こえてくる別の声が自分の考えと違っていれば
主題への興味と共に共感する気持ちも消え去るかもしれない。

また、例え主題以外の訴えている内容が、自分の意見と違わなかったとしても
その件についてデモで訴えたいかどうかは別の話。

例えば、私はファッション目的の毛皮の利用は反対です。
でもだからといって、反原発デモで
「罪のない動物の皮を剥いで、キーホルダーにするな〜!」
とか、シュプレヒコール挙げられても賛同できないでしょう。
場違いですから。
ましてや、自分の意見ではない事を突然主張し始めたら
嫌悪を感じるのが普通の感覚ではないでしょうか。

デモは一つの問題(シングル・イッシュー)で訴えないと、
デモの趣旨も目的も結果も、ぶち上げた問題の数だけ分散され
訴える力が弱まるという事を考えても
切実な思いで足を運んでいる参加者の時間をある程度無駄にする事にもなりませんか。

反/脱原発と思っている人の中でも、掘り下げれば意見が皆同じという事はないでしょう。
でも、入り口として反/脱を選ぶ人達であるならば
それを真剣に訴えたいと思う人達の集まりであるならば
右翼だろうが左翼だろうが、全く構わない。
私は、決して左寄りの人達そのものを否定した訳ではありません。
否定したのは、そのやり方です。


デモそのものが無意味である、という意見もありました。

「デモに参加するのも悪いとは言わないけど
選挙に行って意思表示する事の方が大切。」

うろ覚えですが、確かこんな様な事を言っていたのは
自民党の河野太郎氏。

4月10日に高円寺でデモがあった時も
「デモなんか行かないで、選挙に行け」
という声も多く見られました。

選挙に行く事が大切。

その事に何の異論もないです。
だから私も世界中どこに居ようと、出来る限り選挙には行っています。

しかし、残念ながら

今まで選挙で原発問題が争点になった事はありませんよね。

争点にもなっていない問題を選挙で意思表示するのって。。。どうすれば出来るんだろ?
それこそ、選挙で“シングル・イッシュー”を問うものって。。。あったっけ?
郵政民営化問題の時だって、シングル・イッシューに見える様にしていただけで
実際はそうではなかったし、そんな事不可能でしょ?

それに
今、原発に反対する人達の多くは、この問題が喫緊の事であり
命の問題だと思ってるんです。
それを、次の選挙まで、そんな思い詰めた気持ちを保留しておけと。。。?

どんなに気持ちが強くても
一般市民が出来る事はそれほど多くないです。

今までのデモがどんな形であったにせよ
デモは本来、一般市民が政治参加する手段の一つです。

しかし、日本におけるデモが、一般の人には近寄りがたい、
特別な物として育って来てしまった責任は
デモを利用して来た人だけではなく
とりもなおさず、関心を示さなかった一般市民にも多くあると思います。

平和で便利な日本で、
政治の事も、原発の事も何も考えずに生きてくる事が出来たし
実際にそうしてきた。
そんな一般市民の興味の外側で、デモだって原発だって
おかしな具合に育って来てしまった。

その事の代償を、今私達は払っている訳で
それは甘んじて受け入れなければならないでしょう。
でも、それも何かおかしい。。。
このままで良いのかな。。。
色々な事が不確実に思えて来ているのは、私だけじゃないですよね。

純粋に「恐ろしい」「なんとかしたい」「守りたい」と思う気持ちが
超専門的な言葉を並び立てられ、一蹴されてしまったり
真剣に「聞いてほしい」「知ってほしい」「変えたい」という思いが
右だ、左だ、偽善だ、ただの祭りだと嘲笑されたり。。。

そうじゃなくて。。。

色んな立場の、色んな意見を持つ、色んな人達が
誠実に同じ土俵にあがる事は出来ないのでしょうか。

原発に疑問を持ってる多くの人は、それが「命の問題」だと思ってるからだと思います。
そんなプリミティブな事さえもイデオロギーなのでしょうか。

ただの理想主義でしょうか。
ナイーブ過ぎるのでしょうか。
それでもいいですけど。。。

学もなく、頭も良くない私の様な一般市民が挙げる小さな声だって集めてほしい。
失敗しながらも、声を上げて行きたいという思いを消したくない。
そうしないと、きっと、また熱さを忘れてしまうのではないか。。。

デモに出来る事には限界がある。
でも、選挙の争点を決めるのは世論。
限界はあっても無駄ではないし、2つは繋がっている。

日本に帰って来たら、またデモに行きます。


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risurisu_journal at 17:49│ブログランキングComments(14)TrackBack(1)このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 原発/震災を考えよう 
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1. 障害者と被災者の方々へ歌ファイト:中島みゆき  [ 脳挫傷による見えない障害と闘いながら・・・ ]   2011年06月29日 15:24
日本における多くの障害者の方々と東日本大震災の被災者の方々を励まそうと「ファイト
この記事へのコメント
1. Posted by Kazue   2011年06月03日 18:31
TL見ててもそう思うんだけどさー

「派」に分けるのが好きだよね、皆。
「安全派」「危険派」それを醒めた目で見ている傍観者 背後に抱えている思いは80%位は重なってて、心の底では原発の限界を感じているんだけど、互いに「非科学的だ」「そっちこそ」「理想論」「御用学者を信じるのか」の泥かけ論になっていく。

「原発は危険でやめたほうがいい」って思ってるんなら、それを一番に押し出してみたらいい。
派に分かれてお互いのことだけを見ていたら、本来の「敵」を忘れるよね。
2. Posted by garouneko   2011年06月04日 01:48
りりさんの意気に拍手を送ります!
私たち団塊の世代は40年以上前に、同じような経験をしました。
私は大学生でしたが、「こいつらは、ホントは何に反対してるんだ」と疑問を抱いて、離れてしまいました。
その後日本赤軍になだれ込んでいって・・・、行方不明になったまま、今でも音信不通の友人もいます。
百人いれば、百人の意見と、百人の生活と、百人の性格があります。
デモでそれを一つにするのは難しい。
でも、デモはけっして無駄ではないとおもいますよ。
きっと変えられます。40年以上も前の経験者がそう言います。


3. Posted by lightnhopk   2011年06月04日 08:31
30年前にもリリさんと同じ違和感を持っていました。
●●党の主流派・反主流派、政党同士のなじり合い、過激派のヘルメットやゲバ棒、おまけにそこに乱入する右翼・・・。カオスでした。

そういう「組織」に属した人達、逃げ足も速いのなんのって! 機動隊の「着手!」のどなり声と笛が鳴り響くと、真っ先に居なくなってました。結局とっ捕まるのは私たちのような良心から参加した「素人」だけ。オーガナイザーの技量にも大いに問題あるな、と思いました。

私今、個人的には、ネットでの国民投票、裁判を起こす、という方法も割と有意ではないかと考えています。投票は団体が必要かもしれませんが、提訴は一人でもある程度できるんじゃないか。ただ、サポートしてくれる法律の専門家が、これまた左右に分裂しているし、金がないと相手にもされない場合も多いので・・・。でも、もうこんな緊張した生活、いい加減糸が切れそうで、なんとか損害賠償、という形でやってみようかと・・・。
4. Posted by toma   2011年06月05日 01:54
りりさんの感じ方は、まっとうだと思います。
私も、今度の事があってから、本気で、政治を政治家から私たちの手に取り戻さないとダメなんじゃないかと、思うようになりました。
地区の役員だって、PTAの役員だって、みんな逃げるだけで、そして、文句を言うだけで、面倒くさいことからは、自分を遠ざけているのが、賢く生きる知恵だったりするけど、そんな、私たち国民が、こんな事態を引き寄せちゃったのかしら…とも思います。

なんか、デモが、楽しいデモンストレーションになっていて、見ている人たちが、どんどん加わってくれるような、活き活きしたものにならないかしら・・・と、考えているんですけどね。
でも、デモをやるのに、警察に届け出をして、整然とやらなくてはいけない・・・
交通の邪魔になるから、少人数で区切って、(だいたい、横断歩道を渡りきれる人数)歩かせる・・・とか・・・
楽しく、踊りながら、歌いながら、パフォーマンスしながら、なんて事が、許されない雰囲気だったりするんですよね。
脱原発の、大きなうねりを作って行きたいと、真剣に(柄にもなく)考えているおばさんでした。
5. Posted by りり   2011年06月08日 01:40
Kazueちゃん、
本当にそうだね。
でも恐いのはさ。。。そういうTLとか見てたり
勝手に分類されたりすると、私自身も分類する人達を分類しそうになるんだよ。。。
怒りに任せて、私もその泥仕合に参加しそうになる。。。
気をつけないと、って思う。
80%思いが一緒な人を敵にしないようにしないと、って。
6. Posted by りり   2011年06月08日 01:47
garounekoさん、
いつも励まして頂いて、感謝です。(TvT)

かつての学生運動もそうだったんですね。
そういう事を経験している団塊の世代の人に、
garounekoさんの様に、
もっと当時の事を教訓に現状の問題点を教えてもらいたいです。
繰り返してばかりいる時間は、今の私達にはない筈ですから。。。

無力ではない微力を集めて、大きな力にしたいです。
7. Posted by りり   2011年06月08日 03:12
ライト(lightnhopk)さん、
何か結局いつも“善良な一般市民”がバカを見るようで、悲しい限りですね。
でも、今回ばかりはそうならないようにしなければ。。。
今回の帰国で感じたのは「圧倒的な温度差」です。
メディアでは、当初の反応からは信じられないくらい反/脱原発の意見や番組が流れていましたが
一方、一般の人達の反応は薄い様な気がしました。
友達にも、放射線の話とか出来ない雰囲気ありましたし。。。
こちらでネット住民の反応とか見てると「みんなスゴく動いてる?!」
とか感じましたが、日本に身を置いてみると動いてたり考えてたりする人は
私が思っているよりも多くはないのかな。。。と。。。
ま、2週間程度では分かりませんよね。。。^^;
8. Posted by りり   2011年06月08日 03:52
tomaさん、
政治を取り戻す。。。もしかしたらそれが一番必要な事かもしれないですよね。
よりにもよって、こんな時にこの政権とは。。。
今まで政治を真剣に考えて来なかった“ツケ”が回って来たのかもしれないです。。。orz

私も“柄にもなく真剣に考えてるオバさん”の一人です。^^;
今回ばかりは、諦めないでフェードアウトさせないように
カッコ悪くても、楽しくなくても、声をあげて行こうと思います。
9. Posted by 北極星   2011年06月08日 21:10
時間が合わず、デモに参加できていませんが(言い訳がましいですが、すみません)必ず参加してみようと思います。
行きつけのアロママッサージにもさりげなく脱原発のパンフレットが置いてあったり、本屋で広瀬隆さんの本が入口に平積みになっていたり、流れは静かに広がっています。
10. Posted by りり   2011年06月10日 23:44
北極星さん、
確かに、本屋さんでは原発関係の本が平積みになってましたね。
この流れが“興味のある人”の限定ではなく
国民全員がもれなく興味を持ってくれるようになって欲しいです。
そして、何かしらの結果がでるまでフェードアウトしないように。。。
11. Posted by 御玉杓子   2011年06月11日 20:12
りりさんの言いたいことは良くわかります。
しかし、今回の「デモ」は本来政治(今回は原発に対してですが)に対する怒り、憤りを政治家ぶちまけるという目的なのでは?
今回のデモの動画を見ていたら道路を占拠し、拡声器で迷惑なほど騒ぎ立て、通行人までを自分たちの傘下にしようとしている。だから、演説している人の言いたいことはわかるけど、「態度がな・・・」
と思っちゃいます。
12. Posted by りり   2011年06月13日 14:39
御玉杓子さん、
私は611のデモは実際に見ていませんので何とも言えませんが、日本人の多くはデモに慣れていません。好きでもないと思います。それでも、これだけ多くの人がデモに参加してるのは、皆切羽詰まっているからではないでしょうか。やり方が少々間違っていたりする事はあるとは思いますが、皆その中でデモのやり方も学んで行くのではないでしょうか。
デモは政治参加です。そして、原発をどうするのかは、結局の所政治です。
全てに置いて未熟な日本で、外から見ているだけでは何も変わらない事だけは確かだと思います。
13. Posted by こたつ   2011年06月30日 10:24
デモするのは良い事なんですけどね、民主主義国家ですから。
しかし、のぼりを持った労働団体やらの組織動員した上、反原発デモと銘打っておきながら基地反対やら護憲がウンタラカンタラとか関係無い事を言い始める…。
正直自分らのイデオロギーを広めるために反原発をダシに使ってるようにしか見えないんですよね。
14. Posted by りり   2011年06月30日 19:35
こたつさん、
おっしゃる通りだと思います。
でも、だからと言って、今傍観者で居る訳にはいかない。。。
そういう思いで書きました。
見ているだけでは許容と同じだと思うのです。
コメントありがとうございました。

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反原発が反原発を駆逐する。ありがとうございました。