津波
2012年01月26日

瓦礫、がれき、ガレキ〜陸前高田

陸前高田の町は、ほとんど更地になっているのは伝えた通りなんだけど
実は、瓦礫はまだ相当残っている。

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「京都五山送り火」に高田松原の瓦礫を一度は使うことになったが
放射能問題で、すったもんだの末、結局使わない事になった、あの瓦礫。

その瓦礫は

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今も堆く積み上げられてる。

昨日のニュースで、秋田県と「がれき協定案」の内容が合意に達し
放射性物質の濃度や経費など、諸々の条件に基づき
2万9000トンの瓦礫を引き受けるという内容で締結しようとしている
と報じられていた。参照

でもきっと

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そんなもんじゃ到底片付かないよね。

放射性物質を含んだ瓦礫を、全国で引き受けて
汚染を薄く広く拡散させるのも良策とは思わないけど

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だったら、この瓦礫を一体どうしたらいいのか。。。
そう考えると、ちょっと呆然としてしまうくらいの量なんだよね。

手持ちのガイガーガウンターで計ってみても
別にこの瓦礫から高い線量が出てる訳じゃない。(最高値0.15μSv/h程度)
ベクレルで、現在どれくらいの汚染があるのかは分からないし
(京都で問題になった時は、最大で1480Bqだったみたい。)
ホントの所、どこまで許容するのが“正しい”のかも分からない。
国がいくら基準を示しても、もはやその国自体が一番信用ならないというのが
いかんともしがたい所だよね。。。
私自身も、国がいう“基準”には、相当疑心暗鬼になってる。
そんな中で、1ベクレルたりとも汚染されたくない、と言う人を
ただただ責める気にもなれないんだけど
だからと言って、この量を地産地消的に被災地(被災地県)で処理するのは
相当な長い時間を掛けなければ不可能な気がするし
そうなると、この地には「復興以前の0か、0以下」という状態が続いてしまう。
そんな事になれば、この町の人たちは疲弊して、益々離れて行ってしまう。。。
人がいなくなれば、町はなくなってしまうよ。

ホント言うと。。。

瓦礫は他府県がもっと引き受けた方がいいんじゃないか。。。って思ったりもするんだよね。
もちろん、そこには色んな条件がつくべきだけど。。。
どこまでが本当に許容されるべきなのか、わかんないけど。。。
実際に現場を見てみると、スピード感が大事だって感じる。


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高く積まれたその上に登ってみると

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なんだろう、この景色の良さ。。。


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この時はもう、現実逃避とかじゃなくて(と思う)
大量の瓦礫と高田の美しさのギャップの中に
多難と希望が入り交じった、複雑な思い。。。


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以前の陸前高田を、見てみたかったし
復興したこの町を、見たい と思ったよ。


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瓦礫横の建物は、スポーツ・センターの様な場所だったらしい。


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ほとんど“枠組”くらいしか残ってない。

この建物の中を見ようと近づくと。。。


ゲラゲラ笑い始めた。。。


膝、ね。

突然、膝が笑い始めて。。。

こうなると、自分でも笑うしかない。。。(ーvー;)

なんなんだろ、これって。

避難所の市民体育館で、突然手が震えだした時みたいに
今度は膝が笑いだした。
ブルブル、ガクガクって。。。

あんまり震えが激しすぎて、それ以上近寄れない。。。www

一旦離れて落ち着こうとするんだけど

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近づくと、またガクガク震えるんだよね。
なんか。。。止めたい気もしたけど
私が一体、何に足を震わせてるのか、確かめた方がいい気もして。。。

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思い切って見てみた。

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この苦しみは
私には想像できないんだよね。
想像の出来ない恐怖を
漠然としかとらえられずに、
でも、やっぱり怖いんだよね。

実を言うと、こうして書いていても
指先が浮く様な
心臓を誰かにソッと揺り動かされてる様な
何とも居心地の悪い感じになる。

気を抜くと、また体のどこかが震えだしてきそう。。。

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早くしないと、って思う。
時間は過ぎてて、
風化も始まるけど
その間も生活は続けなきゃいけないし。
生活の成り立たない場所での生活を思い描くのは難しいよね。


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瓦礫の上に巣を作って生活出来るスズメ程
私達も逞しかったら良かったんだけどね。。。


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2012年01月24日

あんこ動いて来たぞ?〜陸前高田

災害時の1次避難場所に指定されていた
陸前高田市民体育館 

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津波が来た時には、ここへ避難する事になっていた。


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周辺には、瓦礫が沢山積まれている。


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これが“避難所”の外。


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中にも、おびただしい量の瓦礫と


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大量の砂。。。


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その奥に見えるのが、体育館。。。


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ここに、沢山の人が“避難”して来た。

津波は

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高さ35mの体育館の天井から40cmまで迫ったという。


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80人程の人が


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避難して来たこの場所。

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助かったのは、幸運にも天井の梁に捕まる事が出来た人等

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わずか3名だったそう。

命からがら生き延びる事が出来たのが、わずか3名。
それが、この“避難所”が守れたもの。
てか。。。守ってないよね、何一つ。
3名は、運と自力で生き延びたんだよね。

35mの天井は
水で満たされる事を想像するには、あまりにも高いよ。

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扉の向こうから、大量の水とか瓦礫とか。。。

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車とか。。。

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流れ込んで来て
一気に天井から40cmの所まで達した事実を


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一体、どんな風に想像したらいいんだろう?


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想像が頭を満たす前に
突然手が震えて来て
目が熱くなったのね。

ハラハラと涙を流して泣いた訳じゃなくて
ただただ、息が出来なくて苦しくなる様な
苦しくて目が潤む様な、そんな感じかな。

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その時に考えてたのは

「そんな事、想像出来る訳ねーじゃん!」

という、自分に対するツッコミ。
悔しかったと。。。感じてたと思う。
とんでもない事を経験した人たちの
恐怖とか、苦しみとか、何一つ想像出来ない。

想像の域を遥かに超えた出来事と

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穏やかな空の間で

現実なのか、空想なのか、

頭の中で行ったり来たりしながら

私のあんこ(頭)が、少しずつ動き出したんだと思う。


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2012年01月23日

現実なのか?〜陸前高田

なんだか良くわからないまま
ほとんど瓦礫も取り除かれ、更地となった陸前高田の町に
ポツポツと、取り残された様に残る 
被災当時の被害の様子を、ほぼそのままに残す建物を回った。


岩手県立高田高校

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一体

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どんな力が加われば

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こんな壊れ方をするんだろう。。。?

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校舎前には、甲子園の出場記念碑が誇らしげに残ってる。


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その校舎の最上階まで


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津波は到達した、と。


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教室の中は、海から運ばれて来たのであろう砂が


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多分、教科書とか、誰かの答案用紙とか
誰かの鞄とか、部活の備品とか
そんなものを飲み込んで。。。

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まだ誰かの靴が納められた下駄箱は
どこにでもある様な高校生活が
間違いなく、そこにあった事を訴えてる。


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14名の生徒が亡くなり
4名の生徒と、1名の教師が行方不明となったという。


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まだ校庭に並べて残された品々は


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きっと誰かのとても大切なモノ達なんだろうな。。。


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出来すぎた様に残された「高田高校 規定集」
“防災計画” “緊急時対応マニュアル”って書いてある。
この規定集の中の、どれだけの事が今回生かされたんだろう。

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高田高校の生徒は、大船渡東高校の校舎で
5月2日から始業したらしい。

なんて言えばいいのかな。。。
こんなにも“人気(ひとけ)”を感じるのに
きっとまだ、現実感を持って見れてなかったんだろうな。
戦場の廃墟の様な景色を
映画や、バトル系のゲームや、ニュースの中の一場面のように捉えてた。
そんな気がするんだよね。

なんとなく、目の奥がクラクラする感覚も
“風邪、あんまり良くなってないな。。。”とか考えてて
実際、あの感覚が風邪によるものだったのか
それ以外の、意識しない感情の感覚だったのか
今でも判断出来ないんだけど、
とにかく“クラクラしたな”って感覚は覚えてる。

この時点で、ここに来る前に想像してた
ーきっと現場を見たら、どーっと涙が出てくるのかもしれないー
とか。。。 
ー言葉も出せずに、ただただ立ち尽くすのかもしれないー
とかいう反応はことごとくハズれ
意外と冷静な自分に
むしろビックリして、ガッカリしたというのが正直な所。。。

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つまり、現実を見ているようで
実は、まだまだ見ていなかったという。。。
今となっては、そういう事になるんだけど。。。 

。。。難しいな。。。
自分でも不確かな気持ちを
出来るだけ正確に伝えたいんだけどね。(^^;) 

まだまだ続きます。

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2012年01月19日

どこなんだ、ここは?〜陸前高田

一関から車を拾って
一路、陸前高田へ。。。

右ハンドル&左側を走るのは、随分久しぶりだったけど
気温(ー2℃くらいだった)の割には雪も積もってなかったし
人も車も少ないし(^^;)
思ったより運転し易かった。

沿岸部に近づくと

いつの間にか荒涼とした景色が広がっていて

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ーーここは、もうみんなさらわれちゃった場所なんだーー

そう分かっても、意外と何も思わない。

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あまりにも、何もない土地に

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家の基礎らしき痕跡が残ってたり

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でも、ここに本当に家があったのかな。。。


車のナビが示す道が、

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突然閉ざされていたり
ナビにない道があったり。。。
(多分、自衛隊が作った道だよね)

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黄昏れて来た空が、あんまりキレイで

ワタシは一体、どこを走っているんだろう。。。と

なんだか不思議な気持ちになったよ。

落ち着いて良く見ると

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電線があって、側溝があって

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建物もあって、確かに生活が。。。あった事が
だんだん理解出来る様になる。


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それでも、どうしても
遠くに見える尾根に目を奪われて

“なんて良い所なんだろう”なんて考えてしまうのね。

レンズを望遠側に向ければ
間違いなく、そこには生活の残骸があるのに

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『あまりの惨状に、自分の目が信じられない』

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そういうんじゃなくて。。。

だって、そんな事、頭に全く浮かばなかったよね。

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やたらと、空の色の事ばっかり考えてたのね。
なんか、口では「うゎ。。。」とか言いながら。。。
ホントは
“キレイな所だな。空の色、スゴいな”
とか、考えてたんだよね。

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アタシ、結構冷たいのか。。。
結局の所、アタシにとって“人ごと”でしかないのか。。。

そんな事も、チラホラ考えたよ。

いくらなんでも、そんな酷い奴じゃないだろう?!

。。。とも思ったけど。。。

正直に
“感情が浮かばなかった”
としか言いようがないんだよね。

それからずっと後だよ。

東京に帰って来て
写真を整理して
どういう風にブログに書こうかな。。。って

色々とその時の自分を想像して
反芻しているうちに分かったよ。

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なるほど。。。

あれは、現実逃避、って奴だったんだ。


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2012年01月16日

出かけてました。

新年早々、すっかりご無沙汰してしまいました。

思えば。。。

5日、家族サービス
6日、健康診断
7日、九州旅行出発(9日帰宅)

ここまで毎日早朝出発&寝不足。
特に九州旅行中は、痛恨の耳栓不携帯という悪条件の中
疲れ&寝不足が加速。
※ご存知(?)相棒ぶひのイビキで、同じ部屋で寝るには耳栓必至。
耳栓なければ寝不足必至。 (ーー;)


11日には元ドイツ&現ドイツ在住一時帰国中のゆかいななかま達との会合があったのだが
10日の朝から、まさかの8度越えの熱。。。orz

10、11日、全ての予定をキャンセルし
元旦に地元神社で願った願いも一旦キャンセル。
「12日の朝までに熱が下がって、喉と頭の痛みが緩和して、 フラフラが治ります様に!」
という願い事に変更。 

持病でそもそも体調の良くない母も使いっぱとして総動員。
風邪薬やドリンク剤を買い物にいかせ、消化が良く栄養価の高い食事を作らせるという
新年早々の若干斜め気味な親孝行。。。(ほら、バカ程カワイイって言うでしょう?(ーvー;)) 

 12日の朝、熱こそ大分下がっていたが、
今思えば、多分半分くらいは気合いだけで動いていたんじゃないかと。。。
ふっとした瞬間に、どっと具合が悪くなった。。。 
今思えば、よくもまぁ事故らずに。。。(^^;)

でもね、絶対に行きたかったんだよね。。。
もしかしたら(いや、多分絶対に)同行者には迷惑かけたと思うけど。。。

12日、朝9時前の新幹線で一関へ。
その後、レンタカーで向かったその先は。。。 



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岩手県、陸前高田市。

津波での被害が、もっとも大きかった町の一つ。


思えば、阪神大震災が起きた時にも、
現地に行きたい、と思っていたのに 実現させなかった。

4月に一時帰国した時も、被災地に行きたいと考えていたのに
当時“ボランティアが被災地観光に来ている”という批判もチラホラ聞こえ
短い帰国の間にボランティアさえ出来ず、ただ現地を見たいという思いだけの私が
被災地に行って、ウロウロして写真なんか撮ってたら
絶対批判の対象だな。。。
とか思って、ひよったのね。。。

でもモスクワに戻って、またウダウダと考えて。。。

やっぱり行っておくべきだった、と後悔したのね。。。

「冷やかしでも何でも良いから

とにかく現地をその目で見て欲しい。」

被災地出身の人に背中を押されて計画した、今回の被災地訪問。

被災した街の、現在の様子を見られただけではなく
沢山の人の話を聞く事も出来、とても濃い訪問になった。

頭(脳みそ)の事を、この辺りの方言で「あんこ」って言うらしい。

ワタシの「あんこ」若干小さめ。
現地での沢山の情報を、まだちゃんと処理出来ずにいますが
少しずつ、自分自身の整理の為にも、ここへアップして行きたいと思っています。


ちなみに、現地滞在中も
小さな「あんこ」がフル活動。

現地からTwitterでつぶやこう、とか
ブログも少しアップしよう、とか考えてたんだけど
そんな事できる気持ちの余裕は一切なかった。

夜も休息モードに入らず、なかなか寝付けなかった。
昨日の夜遅く帰宅して
その後、爆睡。。。
昼近くまで寝て
既に今、頭がフラフラするくらい眠いです。(ーvー;)

そんな訳で、震災後にずっと続けてた
「11日(モスクワ時間)中には震災関係の記事を必ず書く」という
ワタシなりの決めごとは、新年早々破られました。。。
ま、そんな事まで気にかけて読みに来てくれるような
奇特な方もいらっしゃらないとは思いますが
万が一、いらっしゃったら、ごめんなさいです。。。

 近況と言い訳を含んだ、雑多な序章になっちゃいましたが。。。
これから色々整理して、少しずつ書いていきます。 
お付き合い頂けると、嬉しいです。

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