2012年10月
2012年10月11日
福島に行って来た。
8月の一時帰国の時、震災後初めての福島にも行って来た。
拠点にしたいわき市の中心部は、驚く程普通の地方都市の風景だった。
滞在したホテルも沢山の人が泊まっていたし
飲食店もみんな賑わってて、場所によっては並ばなければ行けない程。
そこだけ見る限りでは、本当に何もなかったかの様。
ここまで来てみたのはいいけど
これで何か分かるのかな。。。?
本当にそう思った。
もしかしたら、ただの観光になっちゃうかもしれない。。。
けど、それはそれでいいか、とも思ったけど。。。
とにかく沿岸部を走ってみた。

最初に見えたのは、やっぱり津波の被害。


壊れた護岸や、瓦礫、緑に覆われて少し判りにくくなっている建物の基礎部分。
岩手や宮城でも見た風景。
けど、いわきから国道6号線を北上して行く間
その道路の側には家があり商店があり、明らかに生活があった。
震災の被害状況は、その道を走っているだけでは確認出来なかった。
かといって、それが海から離れている訳でもなく
右に少し入れば、そこはすぐに海。
そこで初めて、被害があった事がわかる。
少なくとも、私が走ったエリアはそうだった。
決してこの辺りの津波の被害を軽視する訳じゃないけれど
今年何度か訪れた、気仙沼以北の沿岸部の壊滅具合とは大きな差を感じた。
けど、そのままどんどん北上して行くと、目に見える被害のない家々にも
人の気配が無くなって行った。
それでも、あまりにも有名になったJヴィレッジの少し手前では
普通にコンビニが営業していて、結構客が入っていた。
原発や火力発電の作業員の方が多かったのかもしれない。
この辺りの空間線量はさほど高くない。
しかし、この後、突然数値が上がり始めた。
それもそのはず、その地域はほんの数日前(8/10)に
立ち入りが解除されたばかりの場所で、除染作業が始まったばかり。
道路脇で作業員の方々がニュースですっかりお馴染みの作業をしていた。
しかし。。。と、改めて思う。
途方もない作業だな。。。
人気のない町では、時折パトロールカーを見かけた。
地元ナンバーでない私は、止められて職質を受けた。
聞くと、やはり犯罪が多いと言う。
ボランティアでもパトロールをしてる方がいて、留守の町を守っている、と。
怒られるかと思いきや、アレやコレやと快くお話をして下さった。
そんな話をしているうちに、前方からボラのパトロールが。。。
除染の方といい、パトロールの方といい、暑い中本当にご苦労様だよね。
「海岸の方の道から行けば第二原発のすぐ横まで行けるよ。」
そう言われて、行ける所まで行ってみた。
建屋が見える。

あれが福島第二原発。
一見草むらに見えるこの場所にも、良く見ると建物の基礎だけが残っている。
こんなに原発に近い所に、なんらかの建物があったんだ。。。


第二原発(左)と反対側の景色(右)
この辺りは津波で流されてしまっているけど、
すぐ裏手では、震災の被害をあまり受けてなさそうな家々を沢山通り過ぎて来た。


原発事故さえなければ、今頃は元の生活に近い物を取り戻せていたのかもしれない。
戻れる場所が存在しているのに戻れない事の辛さってのは
一体どんななんだろう。。。
津波で町ごと根こそぎもって行かれてしまった人。
家も町も残っているのにいつ帰れるのかわからない人。
1年半以上前の出来事は、その人達にとっては現在も続いてるんだよね。
けど、暗い気持ちにばかりなった訳じゃない。
確かにこの辺りはパトロールの車と作業員のバス、
立ち入り禁止境界の警備の警官を除いては、ほとんど人気がない。
けど、田んぼ脇の水路を覗けば

ザリガニ。
原っぱには

健康そうだったよ。
野性味溢れるニャンコ。
道を走れば。。。オヨヨヨヨ。。。


まだ、ヨチヨチした感じ。。。危ないよ〜、早く渡って〜^^;
。。。と思ったら

何の鳥??
道の反対側にお母さんが待ってたのね♪
人が居なくなっても、命はここで生きてる。
蝉も鳴かなくなった(放射能のせいで)とかいう書き込みを目にした事もあるけど
ここは蝉どころではない。
沢山の命が力強く生きてる。
この土地が「もうダメ」な筈ない、と思った。
それに、ここより少しだけ南下した場所では
既に私の想像を遥かに超えて賑わってた。
例えばここは、いわき市四倉の道の駅。


少なくとも私が訪れた週末は多くの観光客が来ていた。
地元産の野菜は、どれも美味しそうで、良く売れてるようだった。
私も大好きなトマトを買って食べたけど、味が濃くて美味しかった。

ちゃんと検査してますよ〜
そして、ここは「いわき・ら・ら・ミュウ」というフードテーマパーク。

駐車場を探す程の来場者。


美味しそうな魚介が、東京では信じられない値段で売ってる。
もちろん、その場で食べる事も出来る。


レストランは並ばなきゃいけない程。
震災の影響は何もない様に見えるけど、ここでもちゃんと気にしてる。

「環境放射線測定値」0.07とか。。。東京より低いんじゃね?
当然だけどね。
けど、凄く線量低いんだよ。
いわきの中心地もこんなもん。
てか、少なくともJヴィレッジ以南の辺りまでは
ほとんど気になる数値は出なかった。
除染の効果と時間経過による減少かもしれないけど
想像してたよりも、ずっと低い。
何事もなかったかのような生活の中でも
みんな気を使って、気にかけて、良くわかってるんだって思った。
その上で普通に生活してるんだ。
お寿司屋の板さんだって「○○はこの辺りのはダメだ!」って言う。
居酒屋のご主人だって「××は三陸のです。」って言う。
安全なモノを提供している自信があるから、
ダメな物も良い物もハッキリ言うんじゃないかな。
農産物だって同じだよね。
農家さんのもの凄い努力の末、
桃なんてほとんど基準値以下で今年の売れ行きは好調だったとか。
私も日本滞在中に何度か食べたけど、本当に美味しかった。
梨が出回る時期まで居られなかったのが悔やまれたw
被災地の桃売れてます。産経ニュース
福島は沢山の「ウリ」があるんだなぁ、って思った。
この人達のこの努力。
そして、かなり色々と開発されて来た除染の技術。
なによりも、山と田畑の風景に奇麗な海。
「うつくしま ふくしま」というキャッチフレーズに偽りはない。
これらをもってすれば、福島が復興しない訳がない。
まだまだ、全てが安全な訳じゃない。
けど、福島が危険な訳でもない。
だいたい。。。
福島はデカいよ。
東京と神奈川と埼玉を足したくらい、デカいよ。
正直、移動するの大変だよ、デカくて。^^;
それなのに、福島の農産物を「福島産」というだけで忌避するの
改めて、なんて愚かなんだろう、と思った。
事故前から0ベクレルの生活なんてありえなかったのに
それを今、追求する事にどれくらいの意味があるんだろう。
あの日から、原発も放射能も、みんな沢山勉強して来たと思う。
今だから解る事もあるし、勉強しなきゃいけない事はまだまだ沢山出て来ると思う。
東電も腹立つし、国も頼りにならない。
けど、それらの責任の追及だけをしていたら、間に合わない。
だから、ちゃんと勉強したい。自分の頭で考えたい。
今の自分を否定する事を恐れずに、少しでも“正解”に近づく作業をしていたい。
大変だけど。面倒だけど。
それは、今まで無関心であった私達の、一つの責任の取り方でもあるんじゃないだろうか。
そう考えた、福島旅行だった。
1年と7ヶ月によせて。
※訪問地の線量は一番大きい所でも2μSv/hを超えた所はありませんでした。
もちろん、地上1m程度計測での数値が低い場所でも、
草むらやゴミの貯まった場所では跳ね上がったりします。
それでも、数時間滞在するには問題のない数値でした。
当然ですよね。だから人が入れるんです。
拠点にしたいわき市の中心部は、驚く程普通の地方都市の風景だった。
滞在したホテルも沢山の人が泊まっていたし
飲食店もみんな賑わってて、場所によっては並ばなければ行けない程。
そこだけ見る限りでは、本当に何もなかったかの様。
ここまで来てみたのはいいけど
これで何か分かるのかな。。。?
本当にそう思った。
もしかしたら、ただの観光になっちゃうかもしれない。。。
けど、それはそれでいいか、とも思ったけど。。。
とにかく沿岸部を走ってみた。

最初に見えたのは、やっぱり津波の被害。


壊れた護岸や、瓦礫、緑に覆われて少し判りにくくなっている建物の基礎部分。
岩手や宮城でも見た風景。
けど、いわきから国道6号線を北上して行く間
その道路の側には家があり商店があり、明らかに生活があった。
震災の被害状況は、その道を走っているだけでは確認出来なかった。
かといって、それが海から離れている訳でもなく
右に少し入れば、そこはすぐに海。
そこで初めて、被害があった事がわかる。
少なくとも、私が走ったエリアはそうだった。
決してこの辺りの津波の被害を軽視する訳じゃないけれど
今年何度か訪れた、気仙沼以北の沿岸部の壊滅具合とは大きな差を感じた。
けど、そのままどんどん北上して行くと、目に見える被害のない家々にも
人の気配が無くなって行った。
それでも、あまりにも有名になったJヴィレッジの少し手前では
普通にコンビニが営業していて、結構客が入っていた。
原発や火力発電の作業員の方が多かったのかもしれない。
この辺りの空間線量はさほど高くない。
しかし、この後、突然数値が上がり始めた。
それもそのはず、その地域はほんの数日前(8/10)に
立ち入りが解除されたばかりの場所で、除染作業が始まったばかり。
道路脇で作業員の方々がニュースですっかりお馴染みの作業をしていた。
しかし。。。と、改めて思う。
途方もない作業だな。。。
人気のない町では、時折パトロールカーを見かけた。
地元ナンバーでない私は、止められて職質を受けた。
聞くと、やはり犯罪が多いと言う。
ボランティアでもパトロールをしてる方がいて、留守の町を守っている、と。
怒られるかと思いきや、アレやコレやと快くお話をして下さった。
そんな話をしているうちに、前方からボラのパトロールが。。。
除染の方といい、パトロールの方といい、暑い中本当にご苦労様だよね。
「海岸の方の道から行けば第二原発のすぐ横まで行けるよ。」
そう言われて、行ける所まで行ってみた。
建屋が見える。

あれが福島第二原発。
一見草むらに見えるこの場所にも、良く見ると建物の基礎だけが残っている。
こんなに原発に近い所に、なんらかの建物があったんだ。。。


第二原発(左)と反対側の景色(右)
この辺りは津波で流されてしまっているけど、
すぐ裏手では、震災の被害をあまり受けてなさそうな家々を沢山通り過ぎて来た。


原発事故さえなければ、今頃は元の生活に近い物を取り戻せていたのかもしれない。
戻れる場所が存在しているのに戻れない事の辛さってのは
一体どんななんだろう。。。
津波で町ごと根こそぎもって行かれてしまった人。
家も町も残っているのにいつ帰れるのかわからない人。
1年半以上前の出来事は、その人達にとっては現在も続いてるんだよね。
けど、暗い気持ちにばかりなった訳じゃない。
確かにこの辺りはパトロールの車と作業員のバス、
立ち入り禁止境界の警備の警官を除いては、ほとんど人気がない。
けど、田んぼ脇の水路を覗けば

ザリガニ。
原っぱには

健康そうだったよ。
野性味溢れるニャンコ。
道を走れば。。。オヨヨヨヨ。。。


まだ、ヨチヨチした感じ。。。危ないよ〜、早く渡って〜^^;
。。。と思ったら

何の鳥??
道の反対側にお母さんが待ってたのね♪
人が居なくなっても、命はここで生きてる。
蝉も鳴かなくなった(放射能のせいで)とかいう書き込みを目にした事もあるけど
ここは蝉どころではない。
沢山の命が力強く生きてる。
この土地が「もうダメ」な筈ない、と思った。
それに、ここより少しだけ南下した場所では
既に私の想像を遥かに超えて賑わってた。
例えばここは、いわき市四倉の道の駅。


少なくとも私が訪れた週末は多くの観光客が来ていた。
地元産の野菜は、どれも美味しそうで、良く売れてるようだった。
私も大好きなトマトを買って食べたけど、味が濃くて美味しかった。

ちゃんと検査してますよ〜
そして、ここは「いわき・ら・ら・ミュウ」というフードテーマパーク。

駐車場を探す程の来場者。


美味しそうな魚介が、東京では信じられない値段で売ってる。
もちろん、その場で食べる事も出来る。


レストランは並ばなきゃいけない程。
震災の影響は何もない様に見えるけど、ここでもちゃんと気にしてる。

「環境放射線測定値」0.07とか。。。東京より低いんじゃね?
当然だけどね。
けど、凄く線量低いんだよ。
いわきの中心地もこんなもん。
てか、少なくともJヴィレッジ以南の辺りまでは
ほとんど気になる数値は出なかった。
除染の効果と時間経過による減少かもしれないけど
想像してたよりも、ずっと低い。
何事もなかったかのような生活の中でも
みんな気を使って、気にかけて、良くわかってるんだって思った。
その上で普通に生活してるんだ。
お寿司屋の板さんだって「○○はこの辺りのはダメだ!」って言う。
居酒屋のご主人だって「××は三陸のです。」って言う。
安全なモノを提供している自信があるから、
ダメな物も良い物もハッキリ言うんじゃないかな。
農産物だって同じだよね。
農家さんのもの凄い努力の末、
桃なんてほとんど基準値以下で今年の売れ行きは好調だったとか。
私も日本滞在中に何度か食べたけど、本当に美味しかった。
梨が出回る時期まで居られなかったのが悔やまれたw
被災地の桃売れてます。産経ニュース
福島は沢山の「ウリ」があるんだなぁ、って思った。
この人達のこの努力。
そして、かなり色々と開発されて来た除染の技術。
なによりも、山と田畑の風景に奇麗な海。
「うつくしま ふくしま」というキャッチフレーズに偽りはない。
これらをもってすれば、福島が復興しない訳がない。
まだまだ、全てが安全な訳じゃない。
けど、福島が危険な訳でもない。
だいたい。。。
福島はデカいよ。
東京と神奈川と埼玉を足したくらい、デカいよ。
正直、移動するの大変だよ、デカくて。^^;
それなのに、福島の農産物を「福島産」というだけで忌避するの
改めて、なんて愚かなんだろう、と思った。
事故前から0ベクレルの生活なんてありえなかったのに
それを今、追求する事にどれくらいの意味があるんだろう。
あの日から、原発も放射能も、みんな沢山勉強して来たと思う。
今だから解る事もあるし、勉強しなきゃいけない事はまだまだ沢山出て来ると思う。
東電も腹立つし、国も頼りにならない。
けど、それらの責任の追及だけをしていたら、間に合わない。
だから、ちゃんと勉強したい。自分の頭で考えたい。
今の自分を否定する事を恐れずに、少しでも“正解”に近づく作業をしていたい。
大変だけど。面倒だけど。
それは、今まで無関心であった私達の、一つの責任の取り方でもあるんじゃないだろうか。
そう考えた、福島旅行だった。
1年と7ヶ月によせて。
※訪問地の線量は一番大きい所でも2μSv/hを超えた所はありませんでした。
もちろん、地上1m程度計測での数値が低い場所でも、
草むらやゴミの貯まった場所では跳ね上がったりします。
それでも、数時間滞在するには問題のない数値でした。
当然ですよね。だから人が入れるんです。
risurisu_journal at 11:00│ブログランキング|Permalink│Comments(13)│TrackBack(0)│
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│原発/震災を考えよう | 一時帰国中
2012年10月05日
冬時間?夏時間?どっち?!
先日、こんな噂を聞いた。
「今度は“戻る”らしいよ。」
確かに、それが施行された昨年の冬から(少なくとも私の周りでは)非難囂々。
日本人もロシア人も、この前の冬はうんざりしていた。
それは“夏時間(daylight saving)”と言われるシステムが
昨年、突然、ロシアから消滅したから。
この国は、良くも悪くもトップダウンでの決定から施行までの時間が短い。
こんな重要な事、日本で改変しようとしたら数年の議論が必要だろうが
この大国に於いて、それは「鶴の一声」であっという間に変わってしまう。
夏時間システムがロシアからなくなって、何がそんなに大変なのか?
詳細が気になる方は昨年の記事(コチラ)を読んで頂くとして
ざっくり説明すると
昨年行った改変は、正しく言うと夏時間を無くしたのではなく
「夏時間から冬時間(←こっちが基本となる時間帯)に戻さない」というモノ。
改変があるまでのロシアでの時間は
冬時間(基本時間)朝9時@モスクワ→午後3時@日本 時差6時間
夏時間 朝9時@モスクワ→午後2時@日本 時差5時間
この改変が意味するものは、モスクワと日本の時差はずーっと5時間のままと言う事。
それが施行されるとどういう事になるか。。。
つまり、この前の冬がどういう事であったのか、と言うと。。。
この時期、緯度の高い地域では、夜が明ける時間が極端に遅くなる。
モスクワも今現在で既にかなり夜明けが遅くなって来ている。
11月12月というのは本当に悲惨で、改変がある前の時間帯でも
外が明るくなるのが朝9時、とか。。。orz
それが、夏時間に固定されるとなると
今までの冬時間での朝9時は、朝10時(夏時間)にになってしまう。←共に日本時間は午後3時
冬時間があった時でさえ9時でも暗いのに、夏時間で生活すれば
朝9時から明るくなり始めた空は、朝10からしか拝む事が出来ない。
ややこしいけど、解るかな。。。(ーvー;)
つまり、会社や学校に通う人達は、暗いうちに家を出て
暗くなってから家路に着く(日暮れも極端に早い)という、
下手したら全く太陽に当たらない生活になっていたのだ。
半期に一度、時計を動かす手間がなくなったと言う事で
国民から概ね好意的に受け入れられている。。。
等と言う調査報告を目にした事もあるが、
“生の声”を聞く限り、りすりす・リサーチによると概ね
「真っ暗な中で、目なんか覚めねーよっ!」
「この前の冬が、どんなに辛かったか?!」
という、批判的な意見が多かった。
だから私も、半分冗談(でも、半分は超本気)で
「また来年は元に戻すんじゃね?」
とか、嘯いていたら。。。冒頭の噂。。。
「今度は“戻る”らしいよ」と。。。(ーー;)
流石に、いくらなんでも1年で。。。ホントかよ?!
。。。と思ってググってみたら。。。
。。。ありました。。。
「ロシア時間の変更を巡る メドベージェフのサマータイム・ブルース」ロイター(英語)
てか、タイトルがウマ杉。。。www
記事によると、どうやらプーちゃんがこの前の選挙の時に
夏時間制度を復活させる事を公約に掲げていたらしい。
知らんかった。。。
しかも、夏時間廃止時に
11のあるロシアのタイムゾーンを9に減らすという改変も行ったのだが
プーちゃんはそれも元に戻すと言う。。。
ちなみに、昨年、この法律をぶち上げた時の元首はメドベエ。。。
つまりプーちゃんは、メドベエが大きく変えたロシアの時間システムを
全否定。
。。。( ̄ー ̄;)。。。
こりは。。。
もしかして。。。
時間を変えたり変えなかったりする事で
国民の健康や利便性を良くする事を模索している。。。
。。。という事以上の“何か”、が。。。
あったりしたりするのかしらん。。。(ーー;)
ま。。。それより何より。。。
単なる“ヤドカリ”の在露邦人のワタクシとしては
ホントにまた今年から(いつものスケジュールなら今月末)
冬時間に戻るのかしら。。。という事の方が重要。
けど、周囲に聞いてみても“噂”以上の情報はないんだよなぁ。。。
ロシア語検索出来ればもっと確実な情報が取れると思うんだけど。。。
orz←もうロシア語学習投げた人。。。
情報お持ちの方、居たら教えて下さい。m(__)m
「今度は“戻る”らしいよ。」
確かに、それが施行された昨年の冬から(少なくとも私の周りでは)非難囂々。
日本人もロシア人も、この前の冬はうんざりしていた。
それは“夏時間(daylight saving)”と言われるシステムが
昨年、突然、ロシアから消滅したから。
この国は、良くも悪くもトップダウンでの決定から施行までの時間が短い。
こんな重要な事、日本で改変しようとしたら数年の議論が必要だろうが
この大国に於いて、それは「鶴の一声」であっという間に変わってしまう。
夏時間システムがロシアからなくなって、何がそんなに大変なのか?
詳細が気になる方は昨年の記事(コチラ)を読んで頂くとして
ざっくり説明すると
昨年行った改変は、正しく言うと夏時間を無くしたのではなく
「夏時間から冬時間(←こっちが基本となる時間帯)に戻さない」というモノ。
改変があるまでのロシアでの時間は
冬時間(基本時間)朝9時@モスクワ→午後3時@日本 時差6時間
夏時間 朝9時@モスクワ→午後2時@日本 時差5時間
この改変が意味するものは、モスクワと日本の時差はずーっと5時間のままと言う事。
それが施行されるとどういう事になるか。。。
つまり、この前の冬がどういう事であったのか、と言うと。。。
この時期、緯度の高い地域では、夜が明ける時間が極端に遅くなる。
モスクワも今現在で既にかなり夜明けが遅くなって来ている。
11月12月というのは本当に悲惨で、改変がある前の時間帯でも
外が明るくなるのが朝9時、とか。。。orz
それが、夏時間に固定されるとなると
今までの冬時間での朝9時は、朝10時(夏時間)にになってしまう。←共に日本時間は午後3時
冬時間があった時でさえ9時でも暗いのに、夏時間で生活すれば
朝9時から明るくなり始めた空は、朝10からしか拝む事が出来ない。
ややこしいけど、解るかな。。。(ーvー;)
つまり、会社や学校に通う人達は、暗いうちに家を出て
暗くなってから家路に着く(日暮れも極端に早い)という、
下手したら全く太陽に当たらない生活になっていたのだ。
半期に一度、時計を動かす手間がなくなったと言う事で
国民から概ね好意的に受け入れられている。。。
等と言う調査報告を目にした事もあるが、
“生の声”を聞く限り、りすりす・リサーチによると概ね
「真っ暗な中で、目なんか覚めねーよっ!」
「この前の冬が、どんなに辛かったか?!」
という、批判的な意見が多かった。
だから私も、半分冗談(でも、半分は超本気)で
「また来年は元に戻すんじゃね?」
とか、嘯いていたら。。。冒頭の噂。。。
「今度は“戻る”らしいよ」と。。。(ーー;)
流石に、いくらなんでも1年で。。。ホントかよ?!
。。。と思ってググってみたら。。。
。。。ありました。。。
「ロシア時間の変更を巡る メドベージェフのサマータイム・ブルース」ロイター(英語)
てか、タイトルがウマ杉。。。www
記事によると、どうやらプーちゃんがこの前の選挙の時に
夏時間制度を復活させる事を公約に掲げていたらしい。
知らんかった。。。
しかも、夏時間廃止時に
11のあるロシアのタイムゾーンを9に減らすという改変も行ったのだが
プーちゃんはそれも元に戻すと言う。。。
ちなみに、昨年、この法律をぶち上げた時の元首はメドベエ。。。
つまりプーちゃんは、メドベエが大きく変えたロシアの時間システムを
全否定。
。。。( ̄ー ̄;)。。。
こりは。。。
もしかして。。。
時間を変えたり変えなかったりする事で
国民の健康や利便性を良くする事を模索している。。。
。。。という事以上の“何か”、が。。。
あったりしたりするのかしらん。。。(ーー;)
ま。。。それより何より。。。
単なる“ヤドカリ”の在露邦人のワタクシとしては
ホントにまた今年から(いつものスケジュールなら今月末)
冬時間に戻るのかしら。。。という事の方が重要。
けど、周囲に聞いてみても“噂”以上の情報はないんだよなぁ。。。
ロシア語検索出来ればもっと確実な情報が取れると思うんだけど。。。
orz←もうロシア語学習投げた人。。。
情報お持ちの方、居たら教えて下さい。m(__)m
2012年10月03日
イタリアン U Giuseppe
久々に当り。
イタリアン U Giuseppe

カジュアルな雰囲気で入り易い。

大きなボードに書かれたメニューもイイ感じ。

席数はそんなに多くないけど、そのコジンマリ感も悪くない。
肝心の料理も

今が旬のキノコサラダ。
良く見ると。。。

((((;゚Д゚))))!!!
トリュフがゴロゴロ。。。
この大きさのトリュフ食べるの、生まれて初めてかも。。。(※ーー※)
いや、別にトリュフ好きじゃないけどw
こちらはカニ爪のパスタ。

麺が美味しそう。
今回は食べなかった。。。(ーv−;)
私が食べたのはコレ。
鴨肉と赤ワインのリゾット。

“赤ワイン”って珍しいよね?
味は濃厚なんだけど、意外とサッパリとした後味。
コレはイケル♪
値段のレンジもだいたい300〜400Rub代。
ただし。。。

これ↑ 右がロシア語、左が英語メニューなんだけど。。。
何かおかしいと思わない?
右と左でメニューの数が違う。
。。。まぁ、これはこの国では良くあることなんだけど
だいたいはロシア語メニューの方が品数が多くて
それが抜けてる分、英語メニューが少なくなるんだよね。
しかし、さらに右と左で値段の順番も全然違う。。。
英露で料理の順番が結構違うのね。。。
しかも、英語にはあってロシア語にはない、というトリッキーなのも。。。^^;
まぁ、これはもしかしたら、
もっと良く見れば“どこかに”書いてあったのかもしれないけど。
ちょっと不安に思ったのは、英露メニューの置いてある店でも
従業員が必ずしも英語メニューを理解してる訳じゃないこの国。
英語メニュー見せて分からない場合は、
ロシア語メニューで同じ場所に書いてあるものと照らし合わせて理解する。。。
そんなこと良くあるんだけど、この店ではそれは通用しなさそう。。。
この日は英語の通じる人だったので問題なかったけど。
もしかしたら、みんな英語OKな人ばかりなのかな?
それにしても、私がココへ初めて来た4年前と比べて
レストランで英語が通じる率が格段に良くなった。
レストランで笑顔で対応してくれる率も同様。←小さな幸せ(;v;)
これは増々ロシア語勉強しなくなるな。。。(ーー;)
とにかく、総合的にここはオススメ、りすりす認定〜♪



==========

U Giuseppe
Samotechnaya, 13
Metro: Dostoyevskaya ←この駅も結構面白いよ。
イタリアン U Giuseppe

カジュアルな雰囲気で入り易い。

大きなボードに書かれたメニューもイイ感じ。

席数はそんなに多くないけど、そのコジンマリ感も悪くない。
肝心の料理も

今が旬のキノコサラダ。
良く見ると。。。

((((;゚Д゚))))!!!
トリュフがゴロゴロ。。。
この大きさのトリュフ食べるの、生まれて初めてかも。。。(※ーー※)
いや、別にトリュフ好きじゃないけどw
こちらはカニ爪のパスタ。

麺が美味しそう。
今回は食べなかった。。。(ーv−;)
私が食べたのはコレ。
鴨肉と赤ワインのリゾット。

“赤ワイン”って珍しいよね?
味は濃厚なんだけど、意外とサッパリとした後味。
コレはイケル♪
値段のレンジもだいたい300〜400Rub代。
ただし。。。

これ↑ 右がロシア語、左が英語メニューなんだけど。。。
何かおかしいと思わない?
右と左でメニューの数が違う。
。。。まぁ、これはこの国では良くあることなんだけど
だいたいはロシア語メニューの方が品数が多くて
それが抜けてる分、英語メニューが少なくなるんだよね。
しかし、さらに右と左で値段の順番も全然違う。。。
英露で料理の順番が結構違うのね。。。
しかも、英語にはあってロシア語にはない、というトリッキーなのも。。。^^;
まぁ、これはもしかしたら、
もっと良く見れば“どこかに”書いてあったのかもしれないけど。
ちょっと不安に思ったのは、英露メニューの置いてある店でも
従業員が必ずしも英語メニューを理解してる訳じゃないこの国。
英語メニュー見せて分からない場合は、
ロシア語メニューで同じ場所に書いてあるものと照らし合わせて理解する。。。
そんなこと良くあるんだけど、この店ではそれは通用しなさそう。。。
この日は英語の通じる人だったので問題なかったけど。
もしかしたら、みんな英語OKな人ばかりなのかな?
それにしても、私がココへ初めて来た4年前と比べて
レストランで英語が通じる率が格段に良くなった。
レストランで笑顔で対応してくれる率も同様。←小さな幸せ(;v;)
これは増々ロシア語勉強しなくなるな。。。(ーー;)
とにかく、総合的にここはオススメ、りすりす認定〜♪
==========

U Giuseppe
Samotechnaya, 13
Metro: Dostoyevskaya ←この駅も結構面白いよ。










