2012年01月19日
どこなんだ、ここは?〜陸前高田
一関から車を拾って
一路、陸前高田へ。。。
右ハンドル&左側を走るのは、随分久しぶりだったけど
気温(ー2℃くらいだった)の割には雪も積もってなかったし
人も車も少ないし(^^;)
思ったより運転し易かった。
沿岸部に近づくと
いつの間にか荒涼とした景色が広がっていて

ーーここは、もうみんなさらわれちゃった場所なんだーー
そう分かっても、意外と何も思わない。

あまりにも、何もない土地に

家の基礎らしき痕跡が残ってたり

でも、ここに本当に家があったのかな。。。
車のナビが示す道が、

突然閉ざされていたり
ナビにない道があったり。。。
(多分、自衛隊が作った道だよね)

黄昏れて来た空が、あんまりキレイで
ワタシは一体、どこを走っているんだろう。。。と
なんだか不思議な気持ちになったよ。
落ち着いて良く見ると

電線があって、側溝があって

建物もあって、確かに生活が。。。あった事が
だんだん理解出来る様になる。

それでも、どうしても
遠くに見える尾根に目を奪われて
“なんて良い所なんだろう”なんて考えてしまうのね。
レンズを望遠側に向ければ
間違いなく、そこには生活の残骸があるのに

『あまりの惨状に、自分の目が信じられない』

そういうんじゃなくて。。。
だって、そんな事、頭に全く浮かばなかったよね。

やたらと、空の色の事ばっかり考えてたのね。
なんか、口では「うゎ。。。」とか言いながら。。。
ホントは
“キレイな所だな。空の色、スゴいな”
とか、考えてたんだよね。

アタシ、結構冷たいのか。。。
結局の所、アタシにとって“人ごと”でしかないのか。。。
そんな事も、チラホラ考えたよ。
いくらなんでも、そんな酷い奴じゃないだろう?!
。。。とも思ったけど。。。
正直に
それからずっと後だよ。
東京に帰って来て
写真を整理して
どういう風にブログに書こうかな。。。って
色々とその時の自分を想像して
反芻しているうちに分かったよ。

なるほど。。。
あれは、現実逃避、って奴だったんだ。
一路、陸前高田へ。。。
右ハンドル&左側を走るのは、随分久しぶりだったけど
気温(ー2℃くらいだった)の割には雪も積もってなかったし
人も車も少ないし(^^;)
思ったより運転し易かった。
沿岸部に近づくと
いつの間にか荒涼とした景色が広がっていて

ーーここは、もうみんなさらわれちゃった場所なんだーー
そう分かっても、意外と何も思わない。

あまりにも、何もない土地に

家の基礎らしき痕跡が残ってたり

でも、ここに本当に家があったのかな。。。
車のナビが示す道が、

突然閉ざされていたり
ナビにない道があったり。。。
(多分、自衛隊が作った道だよね)

黄昏れて来た空が、あんまりキレイで
ワタシは一体、どこを走っているんだろう。。。と
なんだか不思議な気持ちになったよ。
落ち着いて良く見ると

電線があって、側溝があって

建物もあって、確かに生活が。。。あった事が
だんだん理解出来る様になる。

それでも、どうしても
遠くに見える尾根に目を奪われて
“なんて良い所なんだろう”なんて考えてしまうのね。
レンズを望遠側に向ければ
間違いなく、そこには生活の残骸があるのに

『あまりの惨状に、自分の目が信じられない』

そういうんじゃなくて。。。
だって、そんな事、頭に全く浮かばなかったよね。

やたらと、空の色の事ばっかり考えてたのね。
なんか、口では「うゎ。。。」とか言いながら。。。
ホントは
“キレイな所だな。空の色、スゴいな”
とか、考えてたんだよね。

アタシ、結構冷たいのか。。。
結局の所、アタシにとって“人ごと”でしかないのか。。。
そんな事も、チラホラ考えたよ。
いくらなんでも、そんな酷い奴じゃないだろう?!
。。。とも思ったけど。。。
正直に
“感情が浮かばなかった”
としか言いようがないんだよね。それからずっと後だよ。
東京に帰って来て
写真を整理して
どういう風にブログに書こうかな。。。って
色々とその時の自分を想像して
反芻しているうちに分かったよ。

なるほど。。。
あれは、現実逃避、って奴だったんだ。
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この記事へのコメント
1. Posted by みゆーしゃ 2012年01月19日 23:42
はじめまして!
本当に何も無くなってしまいましたね・・・。
私の母は幼少期に三陸町で育ったのですが、三陸町もきっとこういう感じなのかもしれないですね。
私は親戚が宮城に住んでいるので、今回の震災も本当に人ごとではありませんでした。
叔母一家は未だに消息不明です。
この何も無くなってしまった風景・・・。
そこにいた人たちがいなくなってしまった事実・・・。
現実逃避する感覚。なんとなくわかります。
本当に何も無くなってしまいましたね・・・。
私の母は幼少期に三陸町で育ったのですが、三陸町もきっとこういう感じなのかもしれないですね。
私は親戚が宮城に住んでいるので、今回の震災も本当に人ごとではありませんでした。
叔母一家は未だに消息不明です。
この何も無くなってしまった風景・・・。
そこにいた人たちがいなくなってしまった事実・・・。
現実逃避する感覚。なんとなくわかります。
2. Posted by yuki 2012年01月22日 13:31
>“感情が浮かばなかった”
きっと、感情を持たないようにしていた。
それが現実逃避ってことなのかもしれないけど。
日本人として見ておかないと。後世に語っていけるように。
私もいつかは行きたい。
でも行ったら感情に流されそうで行けない臆病者。
行ったりりさんは偉いよ。
きっと、感情を持たないようにしていた。
それが現実逃避ってことなのかもしれないけど。
日本人として見ておかないと。後世に語っていけるように。
私もいつかは行きたい。
でも行ったら感情に流されそうで行けない臆病者。
行ったりりさんは偉いよ。
3. Posted by りり 2012年01月23日 01:27
みゆーしゃさん、
初めまして。コメントありがとうございます。
陸前高田は、全てをさらわれてしまったと言う意味では
特に被害が大きいですが、周辺ももちろん相当なモノです。
叔母さま一家の事は、なんて申し上げて良いか
言葉がありません。
まだまだ多くの人が行方不明になっている現実も
受け止めるのはとても辛い事実です。
起こってしまった事を変える事は出来ないけど
せめて、復興して行く日本に少しでも関わって
失ってしまった命に報いたいです。
初めまして。コメントありがとうございます。
陸前高田は、全てをさらわれてしまったと言う意味では
特に被害が大きいですが、周辺ももちろん相当なモノです。
叔母さま一家の事は、なんて申し上げて良いか
言葉がありません。
まだまだ多くの人が行方不明になっている現実も
受け止めるのはとても辛い事実です。
起こってしまった事を変える事は出来ないけど
せめて、復興して行く日本に少しでも関わって
失ってしまった命に報いたいです。
4. Posted by りり 2012年01月23日 01:38
yukiさん、
全然偉くなんかないんだよ〜。
私は今回、たまたまこういう機会を得られた。
もちろん、ずっと行きたい、という気持ちは持っていたんだけど。
でもね、やっぱり私も皆に見て欲しいよ。
ニュースで見る、写真で見る、人づてに聞く。。。
全て得るものがあるけど、やっぱり自分の目で見る事の意味は大きいよ。
もはやどんなに頑張っても人ごとになり得ない。
忘れたくても忘れられない。
関わらずに居られない。。。
そんな気持ちになるよ。
一方、確かに怖いけどね。
私の中で、色んな物が変わったよ。
yukiさんも、ぜひ機会を探って欲しいです。
その鋭い洞察力を持つyukiさんの目に、
何が写ったのか、いつか聞いてみたいです。
全然偉くなんかないんだよ〜。
私は今回、たまたまこういう機会を得られた。
もちろん、ずっと行きたい、という気持ちは持っていたんだけど。
でもね、やっぱり私も皆に見て欲しいよ。
ニュースで見る、写真で見る、人づてに聞く。。。
全て得るものがあるけど、やっぱり自分の目で見る事の意味は大きいよ。
もはやどんなに頑張っても人ごとになり得ない。
忘れたくても忘れられない。
関わらずに居られない。。。
そんな気持ちになるよ。
一方、確かに怖いけどね。
私の中で、色んな物が変わったよ。
yukiさんも、ぜひ機会を探って欲しいです。
その鋭い洞察力を持つyukiさんの目に、
何が写ったのか、いつか聞いてみたいです。










