2012年06月11日
で。。。現状って?@陸前高田
陸前高田 市立第一中学校の校庭に
被災地で一番早く建てられた仮設住宅がある。

何の当てもなく訪れてみたのだが、
集会所では運良く何かのイベントが行われていて
今、まさに始まろうとしている所だった。
恐る恐る覗いてみると
「どうぞどうぞ、入って下さい!」
イベントのスタッフらしき男性が、いきおい良く声を掛けて招いて下さった。
「けど。。。私達、ここの人間じゃないんですけど。。。」
オズオズとためらうフリ(^^;)をしてみると
「いいんですよ!どうぞ、入って下さい!ビールもありますから!!」
被災地でのこういうイベントでは、よそ者でも快く受け入れてくれる。
1月に伺ったワークショップでもそうだった。
地元に住んでいない私のような人間が、地元の方の話を聞きたいと思ったら
こういう所に参加するのが一番いいのだ。

集まっていたのは30人弱。。。といったところだろうか。
訳も分からず入り込んで、ビールをつがれ
何だかタダ酒を飲みに来たみたいで、若干バツが悪い。。。(ーvー;)
どうやら、何度かここにも訪れているボランティア団体による
「今、被災地では何が必要なのかを教えて下さい」(+プチ・コンサート)
というイベントらしい。
これはまさに、今回の訪問で私が知りたかった事。
マスコミでは原発関連のニュースは頻繁に発信されるものの
それ以外の被災地の問題はあまり取り上げられないようになってるみたいだし
当然ながら、報道がないからと言って問題がない訳じゃないはず。
現地の方が、今、何を考えていて、どういう問題があるのか
是非、伺ってみたかった。
イベントは、小さなグループに分かれて、そこへボランティアの方が一人入り
困っている事、訴えたい事、必要な支援等、思いつく事を話しましょう
というスタイルで始まった。
私は偶然隣に座っていた、この仮設にお住まいのTさんと
ほぼサシでお話をする事になった。
。。。いや、お話を“聞く”事になった、だね。
Tさんはこの日、26歳のお嬢さん、Mちゃんと一緒に来ていた。
現在は、Mちゃんとご主人の3人暮らしだが
もう一人のお嬢さんと義理のお父様を亡くされ
ご両親は今も行方不明のままだという。
「一年前よりも今の方が辛い」
被災地はまだ癒えていない。。。
そんな言葉を使う事さえ、あまりにも早過ぎる現実。
一年前の一年前は、楽しい思い出ばかり。
今、一年前を思い出しても辛い事ばかり。
時々、声を詰まらせながらTさんは話してくれた。
震災当時は、ただがむしゃらに生きる事が精一杯で
今、仮設でも生活の基盤が出来て、
やっと現実に向き合う余裕が出来て来たという状態らしい。
家族が亡くなった事にさえ、向き合う事の出来なかったTさんの一年は
きっと多くの被災地の方が経験した一年でもあるのだろう。
今は話を聞いて欲しい。
同じ体験をした人と、話をして思いを共有する機会が欲しい、と言う。
親を亡くした子供達のケアをする様な場所はあっても
子を亡くした親達が集まってケアをする様な場所は、現在の高田にはない。
市の方へ、そういう場が欲しいと掛け合っても、
あまり真剣には考えてくれなかったようだ。
同じ体験をした人達が集まって、自分の経験や思いを吐露する事は
グループセラピーとして、その効果は良く知られている。
Tさんの様に、必要だ、と声をあげられる人だけにではなく
声をあげられずに居る人達の中にも、このような機会を必要としている人は沢山いる筈。

近くには一応一通りの医療施設も建っていて、心療内科もある。
また、今ここに集まって来ている人達は、元気な方の人達だとも言う。
このような場に集まって話をする事が出来る余裕のある人。
多くの人は、まだ引きこもったり、
イベントに参加出来る心の状態じゃなかったりする、と。
実際、Tさん自身も、このような集まりに参加したのはこの日が初めて。
4月に行われた、住民主催のお花見会にも出席する気になれなかったのだとか。
肩を寄せ合う様に並んだ仮設住宅の中でもコミュニティーの形成は難しく
未だに誰がどこに住んでいるのか知らない、
どんな人が住んでいるのか分からないという状況。
こんな事も、引きこもってしまう事の一因なんだろうね。
昔からあったコミュニティーがバラバラになって、仮設住宅に入り
そこで新しい人間関係を築いて行くのが大変なのは
隣人が誰か分からない都会の生活と同じ仕組みなんだろうと思う。
外を歩けば誰かしらと顔を合わせる事はあれど
仮設の住人は、当然ながら、働いている人もいれば、学校に通う人もいる。
ライフスタイルによって、顔を合わせる人はいつもだいたい決まって来る。
それ以外の人は、住んでいるのかどうかも分からない人達だ。

奇しくも、3月にアメリカで写真展をやった時のテーマである
「心のケア」や「新しいコミュニティー構築」が
如何に大切かと言う事を裏付ける様な話が聞けた。
帰り際に
「高田に来た時には、また是非寄って下さい。○○号室にいますから。」
と、おっしゃって頂いた。
その言葉を都合良く鵜呑みにした私は
高田を離れる前日、Tさんに会いに再び仮設を訪ねた。
「明日、高田を離れるんで、ご挨拶に。。。」
と言う口実で。。。
ホント言うと、ただただ、もう一度会って話してみたかったんだ。
Tさんにも、Mちゃんにも。
ドキドキしながら訪ねて行くと、お二人共とても暖かく迎えてくれた。
しかも、「上がって行って下さい。」という言葉にも甘え
上がり込んで、こんな物までご馳走になってしまった。。。

美味しいコーヒーと、
知る人ぞ知るという岩手県山田町(高田から結構遠い!)の名菓
「山田ロール」
という、貴重なケーキまで出して頂いた。
これがまた、ゴマが香ばしい甘さ控えめフワフワロールケーキ。
Mちゃん、ありがとう!(TvT)
初めて入った仮設住宅の中は、思ったよりも台所も広くて快適そうに見える。
目下の不便は、増えてしまう荷物を収納する場所がない事だそうで
Tさん宅は、DIYで棚を作ったりしていた。
入居する時は、おそらくほとんどの人がほとんど何もない状態で入ったのだろうし
1年以上経てば、生活して行く上で必要な物が増えて行くのは
どこの家庭も同じだろうね。
確か、倉庫を一世帯に一つずつ与えられるという話を伺った気がするが
それが出来れば少しはその問題も解決するだろう。
当初、温暖地の神戸と同じ仕様で作られたこの住宅は
後に外壁や窓を外側から防寒機能の補強したのだそう。
今は多くのお宅の軒先で“グリーンのカーテン”が育てられ、夏の準備がされていた。
まぁ、どんなに快適そうに見えても
ここは間違いなく中学校の校庭な訳で
※延期されたとは言え期限付きの住処。
※当初は2年の期限だったものが1年延期された。
先の見えない生活に、不安を持っていない人は居ないよね。
やはり町の復興が、目に見える形で進む事が重要だと感じる。

色んな事を抱えながらもTさんは言う。
「私にも何か出来るんじゃないかと思って。。。」
一年前よりも、今の方が辛いと言いながらも
困っている人の力になりたい。何が出来るかわからないけど。。。と。
きっと、彼女のしようとしている事、したいと思っている事は
彼女が誰かにして欲しい事でもあるんだろう。
その役割を、外部の人間ももっと出来たらいいと思う。
現状は、被災地の生の声を被災地以外で聞くのは
いや、被災地であっても、とても困難な状態だと思う。
マスメディアが原発の方へ報道が偏って(もちろん大切な事!)しまっていて
それ以外の被災地のきめ細やかな取材をしてもらっていなのも原因だと思う。
きっと取材の仕方だって難しい筈だ。
だって、いきなり訪ねて行って「何が辛いですか?何が必要ですか?」
なんて聞いても、核心に迫れる訳ない。
そうでなくても取材に傷ついている被災者の方も多いと聞くのに
土足で家に上がり込む様な取材に、心を開いて話してくれるはずがない。
ましてや、イベントにも参加出来ず、部屋に閉じこもったまま
誰にも話す事も出来ずに抱えている人達の言葉を引き出す事なんて出来ない。
心のこもった取材を、発信力のある誰かがしてくれれば良いと思うけど。。。
それが叶っていない現状では、
やっぱり被災地の方に声をあげてもらうしかないのかな。。。
自分の痛みを話す事は、追体験をする事でもある。
それを強いるのはとても酷な事だとは思うけど、
たぶん私達は、
被災地で、今何が必要とされているのか
被災地で暮らす方が、今どんな思いで生活しているのか
何も理解出来ていない。
とても大変な事だとは思うけど、その事を発信出来るのは、当事者の方達だけだ。
また、そこで発せられた声を
効率よく拡散させる術を、考える必要があると思う。
SNS使って、私にも何か出来ないかなぁ〜って思ってるんだ。。。
何か良いアイデアがあったら教えて!(>人<)
件のイベントで、数人の方が言っていた事がある。
私達は誰もが、被災者になる可能性がある。
今回は、たまたま東北だっただけ。
不可能でも、可能な限り、自分に引き寄せて考えたいよ。
例え今の自分に何も出来なくても
気にする事、忘れない事が
被災地を勇気づける事にもなると言う事を
沢山の人に知ってもらいたい。
「忘れないよ!」を届けたい。
一人でも多くの人に。
15回目の11日によせて。
被災地で一番早く建てられた仮設住宅がある。

何の当てもなく訪れてみたのだが、
集会所では運良く何かのイベントが行われていて
今、まさに始まろうとしている所だった。
恐る恐る覗いてみると
「どうぞどうぞ、入って下さい!」
イベントのスタッフらしき男性が、いきおい良く声を掛けて招いて下さった。
「けど。。。私達、ここの人間じゃないんですけど。。。」
オズオズとためらうフリ(^^;)をしてみると
「いいんですよ!どうぞ、入って下さい!ビールもありますから!!」
被災地でのこういうイベントでは、よそ者でも快く受け入れてくれる。
1月に伺ったワークショップでもそうだった。
地元に住んでいない私のような人間が、地元の方の話を聞きたいと思ったら
こういう所に参加するのが一番いいのだ。

集まっていたのは30人弱。。。といったところだろうか。
訳も分からず入り込んで、ビールをつがれ
何だかタダ酒を飲みに来たみたいで、若干バツが悪い。。。(ーvー;)
どうやら、何度かここにも訪れているボランティア団体による
「今、被災地では何が必要なのかを教えて下さい」(+プチ・コンサート)
というイベントらしい。
これはまさに、今回の訪問で私が知りたかった事。
マスコミでは原発関連のニュースは頻繁に発信されるものの
それ以外の被災地の問題はあまり取り上げられないようになってるみたいだし
当然ながら、報道がないからと言って問題がない訳じゃないはず。
現地の方が、今、何を考えていて、どういう問題があるのか
是非、伺ってみたかった。
イベントは、小さなグループに分かれて、そこへボランティアの方が一人入り
困っている事、訴えたい事、必要な支援等、思いつく事を話しましょう
というスタイルで始まった。
私は偶然隣に座っていた、この仮設にお住まいのTさんと
ほぼサシでお話をする事になった。
。。。いや、お話を“聞く”事になった、だね。
Tさんはこの日、26歳のお嬢さん、Mちゃんと一緒に来ていた。
現在は、Mちゃんとご主人の3人暮らしだが
もう一人のお嬢さんと義理のお父様を亡くされ
ご両親は今も行方不明のままだという。
「一年前よりも今の方が辛い」
被災地はまだ癒えていない。。。
そんな言葉を使う事さえ、あまりにも早過ぎる現実。
一年前の一年前は、楽しい思い出ばかり。
今、一年前を思い出しても辛い事ばかり。
時々、声を詰まらせながらTさんは話してくれた。
震災当時は、ただがむしゃらに生きる事が精一杯で
今、仮設でも生活の基盤が出来て、
やっと現実に向き合う余裕が出来て来たという状態らしい。
家族が亡くなった事にさえ、向き合う事の出来なかったTさんの一年は
きっと多くの被災地の方が経験した一年でもあるのだろう。
今は話を聞いて欲しい。
同じ体験をした人と、話をして思いを共有する機会が欲しい、と言う。
親を亡くした子供達のケアをする様な場所はあっても
子を亡くした親達が集まってケアをする様な場所は、現在の高田にはない。
市の方へ、そういう場が欲しいと掛け合っても、
あまり真剣には考えてくれなかったようだ。
同じ体験をした人達が集まって、自分の経験や思いを吐露する事は
グループセラピーとして、その効果は良く知られている。
Tさんの様に、必要だ、と声をあげられる人だけにではなく
声をあげられずに居る人達の中にも、このような機会を必要としている人は沢山いる筈。

近くには一応一通りの医療施設も建っていて、心療内科もある。
また、今ここに集まって来ている人達は、元気な方の人達だとも言う。
このような場に集まって話をする事が出来る余裕のある人。
多くの人は、まだ引きこもったり、
イベントに参加出来る心の状態じゃなかったりする、と。
実際、Tさん自身も、このような集まりに参加したのはこの日が初めて。
4月に行われた、住民主催のお花見会にも出席する気になれなかったのだとか。
肩を寄せ合う様に並んだ仮設住宅の中でもコミュニティーの形成は難しく
未だに誰がどこに住んでいるのか知らない、
どんな人が住んでいるのか分からないという状況。
こんな事も、引きこもってしまう事の一因なんだろうね。
昔からあったコミュニティーがバラバラになって、仮設住宅に入り
そこで新しい人間関係を築いて行くのが大変なのは
隣人が誰か分からない都会の生活と同じ仕組みなんだろうと思う。
外を歩けば誰かしらと顔を合わせる事はあれど
仮設の住人は、当然ながら、働いている人もいれば、学校に通う人もいる。
ライフスタイルによって、顔を合わせる人はいつもだいたい決まって来る。
それ以外の人は、住んでいるのかどうかも分からない人達だ。

奇しくも、3月にアメリカで写真展をやった時のテーマである
「心のケア」や「新しいコミュニティー構築」が
如何に大切かと言う事を裏付ける様な話が聞けた。
帰り際に
「高田に来た時には、また是非寄って下さい。○○号室にいますから。」
と、おっしゃって頂いた。
その言葉を都合良く鵜呑みにした私は
高田を離れる前日、Tさんに会いに再び仮設を訪ねた。
「明日、高田を離れるんで、ご挨拶に。。。」
と言う口実で。。。
ホント言うと、ただただ、もう一度会って話してみたかったんだ。
Tさんにも、Mちゃんにも。
ドキドキしながら訪ねて行くと、お二人共とても暖かく迎えてくれた。
しかも、「上がって行って下さい。」という言葉にも甘え
上がり込んで、こんな物までご馳走になってしまった。。。

美味しいコーヒーと、
知る人ぞ知るという岩手県山田町(高田から結構遠い!)の名菓
「山田ロール」
という、貴重なケーキまで出して頂いた。
これがまた、ゴマが香ばしい甘さ控えめフワフワロールケーキ。
Mちゃん、ありがとう!(TvT)
初めて入った仮設住宅の中は、思ったよりも台所も広くて快適そうに見える。
目下の不便は、増えてしまう荷物を収納する場所がない事だそうで
Tさん宅は、DIYで棚を作ったりしていた。
入居する時は、おそらくほとんどの人がほとんど何もない状態で入ったのだろうし
1年以上経てば、生活して行く上で必要な物が増えて行くのは
どこの家庭も同じだろうね。
確か、倉庫を一世帯に一つずつ与えられるという話を伺った気がするが
それが出来れば少しはその問題も解決するだろう。
当初、温暖地の神戸と同じ仕様で作られたこの住宅は
後に外壁や窓を外側から防寒機能の補強したのだそう。
今は多くのお宅の軒先で“グリーンのカーテン”が育てられ、夏の準備がされていた。
まぁ、どんなに快適そうに見えても
ここは間違いなく中学校の校庭な訳で
※延期されたとは言え期限付きの住処。
※当初は2年の期限だったものが1年延期された。
先の見えない生活に、不安を持っていない人は居ないよね。
やはり町の復興が、目に見える形で進む事が重要だと感じる。

色んな事を抱えながらもTさんは言う。
「私にも何か出来るんじゃないかと思って。。。」
一年前よりも、今の方が辛いと言いながらも
困っている人の力になりたい。何が出来るかわからないけど。。。と。
きっと、彼女のしようとしている事、したいと思っている事は
彼女が誰かにして欲しい事でもあるんだろう。
その役割を、外部の人間ももっと出来たらいいと思う。
現状は、被災地の生の声を被災地以外で聞くのは
いや、被災地であっても、とても困難な状態だと思う。
マスメディアが原発の方へ報道が偏って(もちろん大切な事!)しまっていて
それ以外の被災地のきめ細やかな取材をしてもらっていなのも原因だと思う。
きっと取材の仕方だって難しい筈だ。
だって、いきなり訪ねて行って「何が辛いですか?何が必要ですか?」
なんて聞いても、核心に迫れる訳ない。
そうでなくても取材に傷ついている被災者の方も多いと聞くのに
土足で家に上がり込む様な取材に、心を開いて話してくれるはずがない。
ましてや、イベントにも参加出来ず、部屋に閉じこもったまま
誰にも話す事も出来ずに抱えている人達の言葉を引き出す事なんて出来ない。
心のこもった取材を、発信力のある誰かがしてくれれば良いと思うけど。。。
それが叶っていない現状では、
やっぱり被災地の方に声をあげてもらうしかないのかな。。。
自分の痛みを話す事は、追体験をする事でもある。
それを強いるのはとても酷な事だとは思うけど、
たぶん私達は、
被災地で、今何が必要とされているのか
被災地で暮らす方が、今どんな思いで生活しているのか
何も理解出来ていない。
とても大変な事だとは思うけど、その事を発信出来るのは、当事者の方達だけだ。
また、そこで発せられた声を
効率よく拡散させる術を、考える必要があると思う。
SNS使って、私にも何か出来ないかなぁ〜って思ってるんだ。。。
何か良いアイデアがあったら教えて!(>人<)
件のイベントで、数人の方が言っていた事がある。
「もうオレ達のこと、忘れちまってんじゃねーかってよ。。。」
私達は誰もが、被災者になる可能性がある。
今回は、たまたま東北だっただけ。
不可能でも、可能な限り、自分に引き寄せて考えたいよ。
例え今の自分に何も出来なくても
気にする事、忘れない事が
被災地を勇気づける事にもなると言う事を
沢山の人に知ってもらいたい。
「忘れないよ!」を届けたい。
一人でも多くの人に。
15回目の11日によせて。
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この記事へのコメント
1. Posted by makiko 2012年06月15日 14:08
初めてコメントさせていただきます、最近までモスクワにいた者です。モスクワにいた頃から、ちょくちょくブログを拝見させていただいていました。いつも大変参考になる投稿をありがとうございます。
私は今は日本に戻ってきているのですが、心理士という仕事柄、被災者の方向けの心の電話相談の事業に関わる機会をいただきました。スカイプや一般電話から相談ができ、臨床心理士・精神保健福祉士が継続相談にも対応しています。
東北にお住まいの方達にとってはまだまだ心療内科等の相談機関は敷居が高く、また自分の心の内を話すことに抵抗がある方も多くいらっしゃるようです。りすりすさんが書いていらっしゃったように、引きこもりがちになっている方も多いと思います。
もしお知り合いの方や被災地で知り合われた方の中で、ちょっと心配な方や、抑鬱的になっている方がいらっしゃいましたら、こういう相談機関があるということをお伝えいただければ幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。
http://www.ubiquitous-counseling.org/
私は今は日本に戻ってきているのですが、心理士という仕事柄、被災者の方向けの心の電話相談の事業に関わる機会をいただきました。スカイプや一般電話から相談ができ、臨床心理士・精神保健福祉士が継続相談にも対応しています。
東北にお住まいの方達にとってはまだまだ心療内科等の相談機関は敷居が高く、また自分の心の内を話すことに抵抗がある方も多くいらっしゃるようです。りすりすさんが書いていらっしゃったように、引きこもりがちになっている方も多いと思います。
もしお知り合いの方や被災地で知り合われた方の中で、ちょっと心配な方や、抑鬱的になっている方がいらっしゃいましたら、こういう相談機関があるということをお伝えいただければ幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。
http://www.ubiquitous-counseling.org/
2. Posted by あかもんざか 2012年06月15日 16:57
悲しみは落ち着いた頃に現実となって押し寄せて
きます。
それが突然ならなおさらの事、いつまでもいつまでも
心から消えません。
今回は本当にたまたま東北に起こっただけで、
明日は関東か東海かが現実です。
今回の事は忘れられません。何が出来るかも解りませんが、考え続けてます。
3. Posted by kazu 2012年06月16日 01:18
4. Posted by りり 2012年06月23日 21:38
makikoさん、
こちらこそ、貴重な情報の提供、ありがとうございます。
少々バタバタしておりまして、ざっとしか拝見していませんが、このような機関があることを広く知ってもらうのはとても重要だと思いました。(後ほど、しっかり読ませてもらいますね!)
心のケアは、とても重要で、とても難しいと当たり前の事ですが、その事を改めて痛切に感じました。なかなかニュースにもなりにくいのかもしれませんが、被災地でのPTSDは、おそらく被災地以外に住む人が想像するよりも遥かに深刻な気がします。
今回お話を聞いた方は、私と話した事を良かったと仰って下さいました。もっともっと話したい時に話せる、気軽な環境が整えばいいのに、と思います。
また話を伺いに行って、記事にしたいと思っていますので、気が付かれた事があったら、教えて下さい。
どうぞよろしくお願い致します。
こちらこそ、貴重な情報の提供、ありがとうございます。
少々バタバタしておりまして、ざっとしか拝見していませんが、このような機関があることを広く知ってもらうのはとても重要だと思いました。(後ほど、しっかり読ませてもらいますね!)
心のケアは、とても重要で、とても難しいと当たり前の事ですが、その事を改めて痛切に感じました。なかなかニュースにもなりにくいのかもしれませんが、被災地でのPTSDは、おそらく被災地以外に住む人が想像するよりも遥かに深刻な気がします。
今回お話を聞いた方は、私と話した事を良かったと仰って下さいました。もっともっと話したい時に話せる、気軽な環境が整えばいいのに、と思います。
また話を伺いに行って、記事にしたいと思っていますので、気が付かれた事があったら、教えて下さい。
どうぞよろしくお願い致します。
5. Posted by りり 2012年06月23日 21:41
あかもんざかさん、
いつも本当にありがとうございます。
仰る通り、あまりにも突然、それも想像もしなかった様な形で奪われた命と生活。想像力を超えた苦しみだと思います。
私も考えています。
私なんかに何が出来るのか。。。
でも、きっと出番はあると思うんです。
だからそれまで、忘れずに、考えながら、出番を待ちましょう!
いつも本当にありがとうございます。
仰る通り、あまりにも突然、それも想像もしなかった様な形で奪われた命と生活。想像力を超えた苦しみだと思います。
私も考えています。
私なんかに何が出来るのか。。。
でも、きっと出番はあると思うんです。
だからそれまで、忘れずに、考えながら、出番を待ちましょう!
6. Posted by りり 2012年06月23日 21:45
kazuさん、
その番組、モスクワの日本語放送でも時々やっています。
見かけた時は、もちろん必ず視聴しています。
本当に、本当に、難しいですよね。
被災地は一つの地域ではなく、被災者は一人の人ではない。
問題は地域ごと、個人ごとに違います。
けど、忘れて欲しくない、という気持ちは概ね皆一緒な気がします。
忘れない様にしよう!って気持ち、拡散させましょう。
明日は我が身かもしれないんですから!!
いつもコメントありがとうございます。励みになります。
その番組、モスクワの日本語放送でも時々やっています。
見かけた時は、もちろん必ず視聴しています。
本当に、本当に、難しいですよね。
被災地は一つの地域ではなく、被災者は一人の人ではない。
問題は地域ごと、個人ごとに違います。
けど、忘れて欲しくない、という気持ちは概ね皆一緒な気がします。
忘れない様にしよう!って気持ち、拡散させましょう。
明日は我が身かもしれないんですから!!
いつもコメントありがとうございます。励みになります。










