2012年09月03日
8月の高田(3)
地元で活動しているジャーナリストの方からこんな話を聞いた。
「被災した建物を本当に全部取り壊していいのか?」
陸前高田市長の戸羽さんは「見たくない」という遺族の方々の気持ちを鑑みて
全建物の解体を決定している。
戸羽さんも、奥様を津波で亡くされてる。
もしかしたら、戸羽さんご自身が「見たくない」という気持ちも強いのかもしれない。
前回の訪問時に知り合いになった仮設住宅にお住まいで娘さんを亡くされたTさんも
「見たくない」と目を潤ませた。
もちろん、そういう気持ちは尊重されるべきだよね。
私は、というと
被災建物を取り壊して、文字通り何も無くなった陸前高田の町を想像して
少し疑問を持ちながらも“仕方ないのかな。。。”と思っていた。
何となく、モヤモヤしてて、でも、その事はあまり深く考えない様にしていた。
自分では結論なんて出そうにないから。
「ろくな議論も行われずに解体が決まってしまったのが問題」とも言っていた。
確かに。。。ご遺族の方々の中にも
残して欲しい、と思っている方が皆無とは言い切れないよね。
対立する意見があるのは、ごく普通の事。
残すか残さないか、感情的な部分だけで考えたら
たぶん「残さない」という結論になって自然なんだと思う。
誤解を恐れずに言えば、
多くのご遺族の方達は“被災した建物を残す事の意味”を考えられる程
心に余裕のある状態になっていないんじゃないか、とも思う。
つまり
被災建物を残す事で、後生に津波の恐ろしさを視覚的に伝える意義
ある種の“観光”として、被災建物がこの地に人を呼び込む可能性。。。
それは、陸前高田の使命と復興を両立させるものかもしれない。
例えば、今、広島に原爆ドームがなければ
広島を訪れる事の意味は、どれだけ削られてしまうだろう。。。と考える。
先日の記事でも書いた通り、陸前高田の復興のシンボル
「奇跡の一本松」が1億5000万円を掛けて、
その姿をとどめようとしている。
確かに今の一本松は、
ある程度の人を陸前高田に呼び込んでいる。
けど、その人達が見に来ているのは、今の一本松。
津波に堪えて、踏ん張って残った、ど根性の松。
その松の実際は、陸前高田を全国に紹介するのに多いに役立ち
一本松を通してマスコミに取り上げてもらったり、商品の販売促進等に利用する事で
陸前高田に視線を集める大役をこなし、
そしてその成果は、被災地の名前を挙げようとした時、
多くの人が「陸前高田」を思い浮かべざるを得ない程になった。
もちろん、事実として、この土地の被災が大きかった事が
何よりも大きく人々の心に残っているのは間違いないけど。
しかし、その一本松も塩害には勝てず
今は死に絶えた体が倒れるのを待っているに過ぎない。
ホント言うと私は、
一本松も、このまま安らかに眠らせてあげてもいいんじゃないか、と思ってる。
「おつかれさま」
と、言ってあげたいところ。。。
だって、今の一本松と、復元された一本松が
同じ一本松って思えないんだよね。。。
そして、その復元された一本松を見に、人はこの地を訪れるのだろうか。。。?
一度その一本松を見に来た人が、再び見に来ようと思うのだろうか。。。?
そんな風に思ってしまう。
それならば、今の松の一部分を無理矢理使って復元させるよりも
潔く、何分の一かの小さなモデルを作って、
励ましてくれた一本松への感謝と、
シンボルとしての一本松の存続としてもいいんじゃないかな、って。
募金で賄われる保存費用も、まだまだ集まっていないようだけど
作業自体は来月から行われる事も、先日の記事で紹介した。
作業が行われると言う事は、当然費用がかかってくる訳で
その費用は、当面、市の予算が立て替えると言う事だ。
7月の時点で350万円しか集まってないみたいだし
費用が集まるまで、一体どれくらいの時間がかかるのか。。。
もし集まらなかったらどのように補填されるのか。。。
その辺りも気になる所。
詳細ご存知の方、いらっしゃったら教えて下さい。
だからと言って、一方の「被災建物を残す」と一口に言っても
その建物が建っているのは、土地のかさ上げが予定されている場所だったりする訳で
色々な問題もあるのだとは思う。
それでも、もし本当にたいした議論もされずに
これから粛々と、ただただ解体されていくのだとしたら
それはそれで、後悔するんじゃないかな、とも。。。
知らなかったんだけど、中央公民館の壁に、津波で母親を亡くされた方が
天国の母親に向けてメッセージを書いているのが話題になったそうだ。
掲載記事
メッセージには「とりこわされても、絶対にこの場所の事忘れないからね!」とある。
この公民館も、当然取り壊しの対象なのだが、
嘆願書により、該当部分の壁の保存が決まったと言う。
署名した1723人が市在外者が中心だった事の意味を考えてしまう。
掲載記事
しかし一方で、メッセージを書いたご本人は
壁だけ残して津波の恐ろしさが伝わるのか?と疑問を呈している。
同じ思いを抱いている被災者の方も居る筈だよね。
それなのに、外部からの意見の方が目立つと言う事は
もしかしたら、内部ではそんな風に言いにくい空気でもあるのかな。。。
戸羽市長は「被災地を見に来て下さい」と言う。
けど、建物がなくなった陸前高田を、どれだけの人が見に来るだろう?
見に来たとして、どれだけの情報を、その人達に伝える事が出来るだろう?
8月の陸前高田の被災エリアは、全体が草花に覆われていて
それだけでも、何だか少し復興しているんじゃないか、と思わせる。
実際は、ただ色がついて鮮やかになっただけで、その下は瓦礫だったり
家の基礎だったりする、荒涼とした被災跡の風景である事に変わりはないのに。
やはり市在外者のある学者の方が仰ったそうだ。
「被災建物は、陸前高田の財産だ。」と。
そうだよね、って思える。
私なら、一本松のレプリカより、本物の被災した建物を見に行きたいと思う。
それは、一本松を見た時の感動よりも
被災地域の荒涼とした風景を見た時に、
矢の雨の様に情報が体に刺さって来た、あの痛みの方が貴重だと思えるから。
これもまた、部外者だから言えるのかな。
地元の人が望む陸前高田の形を守るのは大切な事。
けどそこに、愛のある外部の人の意見が入るのは
決して悪いことじゃないよね。
。。。って、思いたい。
陸前高田を愛する外部の人として。。。
「被災した建物を本当に全部取り壊していいのか?」
陸前高田市長の戸羽さんは「見たくない」という遺族の方々の気持ちを鑑みて
全建物の解体を決定している。
戸羽さんも、奥様を津波で亡くされてる。
もしかしたら、戸羽さんご自身が「見たくない」という気持ちも強いのかもしれない。
前回の訪問時に知り合いになった仮設住宅にお住まいで娘さんを亡くされたTさんも
「見たくない」と目を潤ませた。
もちろん、そういう気持ちは尊重されるべきだよね。
私は、というと
被災建物を取り壊して、文字通り何も無くなった陸前高田の町を想像して
少し疑問を持ちながらも“仕方ないのかな。。。”と思っていた。
何となく、モヤモヤしてて、でも、その事はあまり深く考えない様にしていた。
自分では結論なんて出そうにないから。
「ろくな議論も行われずに解体が決まってしまったのが問題」とも言っていた。
確かに。。。ご遺族の方々の中にも
残して欲しい、と思っている方が皆無とは言い切れないよね。
対立する意見があるのは、ごく普通の事。
残すか残さないか、感情的な部分だけで考えたら
たぶん「残さない」という結論になって自然なんだと思う。
誤解を恐れずに言えば、
多くのご遺族の方達は“被災した建物を残す事の意味”を考えられる程
心に余裕のある状態になっていないんじゃないか、とも思う。
つまり
被災建物を残す事で、後生に津波の恐ろしさを視覚的に伝える意義
ある種の“観光”として、被災建物がこの地に人を呼び込む可能性。。。
それは、陸前高田の使命と復興を両立させるものかもしれない。
例えば、今、広島に原爆ドームがなければ
広島を訪れる事の意味は、どれだけ削られてしまうだろう。。。と考える。
先日の記事でも書いた通り、陸前高田の復興のシンボル
「奇跡の一本松」が1億5000万円を掛けて、
その姿をとどめようとしている。
確かに今の一本松は、
ある程度の人を陸前高田に呼び込んでいる。
けど、その人達が見に来ているのは、今の一本松。
津波に堪えて、踏ん張って残った、ど根性の松。
その松の実際は、陸前高田を全国に紹介するのに多いに役立ち
一本松を通してマスコミに取り上げてもらったり、商品の販売促進等に利用する事で
陸前高田に視線を集める大役をこなし、
そしてその成果は、被災地の名前を挙げようとした時、
多くの人が「陸前高田」を思い浮かべざるを得ない程になった。
もちろん、事実として、この土地の被災が大きかった事が
何よりも大きく人々の心に残っているのは間違いないけど。
しかし、その一本松も塩害には勝てず
今は死に絶えた体が倒れるのを待っているに過ぎない。
ホント言うと私は、
一本松も、このまま安らかに眠らせてあげてもいいんじゃないか、と思ってる。
「おつかれさま」
と、言ってあげたいところ。。。
だって、今の一本松と、復元された一本松が
同じ一本松って思えないんだよね。。。
そして、その復元された一本松を見に、人はこの地を訪れるのだろうか。。。?
一度その一本松を見に来た人が、再び見に来ようと思うのだろうか。。。?
そんな風に思ってしまう。
それならば、今の松の一部分を無理矢理使って復元させるよりも
潔く、何分の一かの小さなモデルを作って、
励ましてくれた一本松への感謝と、
シンボルとしての一本松の存続としてもいいんじゃないかな、って。
募金で賄われる保存費用も、まだまだ集まっていないようだけど
作業自体は来月から行われる事も、先日の記事で紹介した。
作業が行われると言う事は、当然費用がかかってくる訳で
その費用は、当面、市の予算が立て替えると言う事だ。
7月の時点で350万円しか集まってないみたいだし
費用が集まるまで、一体どれくらいの時間がかかるのか。。。
もし集まらなかったらどのように補填されるのか。。。
その辺りも気になる所。
詳細ご存知の方、いらっしゃったら教えて下さい。
だからと言って、一方の「被災建物を残す」と一口に言っても
その建物が建っているのは、土地のかさ上げが予定されている場所だったりする訳で
色々な問題もあるのだとは思う。
それでも、もし本当にたいした議論もされずに
これから粛々と、ただただ解体されていくのだとしたら
それはそれで、後悔するんじゃないかな、とも。。。
知らなかったんだけど、中央公民館の壁に、津波で母親を亡くされた方が
天国の母親に向けてメッセージを書いているのが話題になったそうだ。
掲載記事
メッセージには「とりこわされても、絶対にこの場所の事忘れないからね!」とある。
この公民館も、当然取り壊しの対象なのだが、
嘆願書により、該当部分の壁の保存が決まったと言う。
署名した1723人が市在外者が中心だった事の意味を考えてしまう。
掲載記事
しかし一方で、メッセージを書いたご本人は
壁だけ残して津波の恐ろしさが伝わるのか?と疑問を呈している。
同じ思いを抱いている被災者の方も居る筈だよね。
それなのに、外部からの意見の方が目立つと言う事は
もしかしたら、内部ではそんな風に言いにくい空気でもあるのかな。。。
戸羽市長は「被災地を見に来て下さい」と言う。
けど、建物がなくなった陸前高田を、どれだけの人が見に来るだろう?
見に来たとして、どれだけの情報を、その人達に伝える事が出来るだろう?
8月の陸前高田の被災エリアは、全体が草花に覆われていて
それだけでも、何だか少し復興しているんじゃないか、と思わせる。
実際は、ただ色がついて鮮やかになっただけで、その下は瓦礫だったり
家の基礎だったりする、荒涼とした被災跡の風景である事に変わりはないのに。
やはり市在外者のある学者の方が仰ったそうだ。
「被災建物は、陸前高田の財産だ。」と。
そうだよね、って思える。
私なら、一本松のレプリカより、本物の被災した建物を見に行きたいと思う。
それは、一本松を見た時の感動よりも
被災地域の荒涼とした風景を見た時に、
矢の雨の様に情報が体に刺さって来た、あの痛みの方が貴重だと思えるから。
これもまた、部外者だから言えるのかな。
地元の人が望む陸前高田の形を守るのは大切な事。
けどそこに、愛のある外部の人の意見が入るのは
決して悪いことじゃないよね。
。。。って、思いたい。
陸前高田を愛する外部の人として。。。
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この記事へのコメント
1. Posted by kazu 2012年09月04日 00:58
私は被災建物を保存した方がよいと思いますが管理維持にお金がかかり、町の財政の負担になるでしょうし、寄付も長く続くとも思えません。
そこで提案ですが震災記念野外ギャラリーを作った方がよいのではないでしょうか?このプログに掲載されているフジツボがくっついているシャベルカーを展示するとか管理維持にお金があまりかからないものを展示する事がベストだと考えます。
2. Posted by makoto 2012年09月04日 13:17
被災建物にも複雑な想いがあります。中央公民館の件以外にも、南三陸防災庁舎や大槌町役場でも同様に保存すべきか壊すべきかで意見が割れました。慰霊のモニュメントとするには辛くて痛々しすぎるのでしょう。遺すか壊すか、総ての人が納得できる答えなどないのだと思います。
最終的に決めるのは地元住民ですが、ただ、外部の人間が軽々にものを言えないということではないと思います。建物が撤去され草木生い茂る荒地に立ち、そこに何が在ったのかを想い出すことが地元民でも難しくなりつつあるほど風化が進むのは速い。移築するなりして何らかの祈念碑的建物を遺すよう、例え憎まれ役を買って出ても外の人ほど主張するべきではないかと個人的には思います。無責任の誹りを免れない一意見として申し上げました。
3. Posted by blue 2012年09月05日 00:44
残すには維持費がかかるんだよね、、、
広島の原爆ドームも、毎年のように風化・劣化した部分に樹脂注入とか防錆剤塗ったりして、大変な手間をかけて保存してます。
かといって、写真だけ残して展示としても、わざわざ見に行く人が居るかといえば、まずそんなのは期待できないです。
原爆ドームが、まさにあの形で残されているからこそ、世界中から観光客がわざわざ足を延ばして来るのです。
一度撤去してしまったら、二度と復元はできないものなのですから、よく議論をつくして決定すべきです。一時の感情で決めるべきではありません。
広島の原爆ドームも、毎年のように風化・劣化した部分に樹脂注入とか防錆剤塗ったりして、大変な手間をかけて保存してます。
かといって、写真だけ残して展示としても、わざわざ見に行く人が居るかといえば、まずそんなのは期待できないです。
原爆ドームが、まさにあの形で残されているからこそ、世界中から観光客がわざわざ足を延ばして来るのです。
一度撤去してしまったら、二度と復元はできないものなのですから、よく議論をつくして決定すべきです。一時の感情で決めるべきではありません。
4. Posted by りり 2012年09月11日 23:24
kazuさん、
なるほど、ショベルカーを残すというのも一案ですよね。それは思いつきませんでした。
確かに、911のWTCの展示室でも同じ様な鉄くずがあって、その破壊力を想像させられました。ぜひそれも検討して欲しいですね。
コストは当然掛かるものだと思いますが、まずは「残すべきかどうか」を徹底的に議論して欲しいです。
なるほど、ショベルカーを残すというのも一案ですよね。それは思いつきませんでした。
確かに、911のWTCの展示室でも同じ様な鉄くずがあって、その破壊力を想像させられました。ぜひそれも検討して欲しいですね。
コストは当然掛かるものだと思いますが、まずは「残すべきかどうか」を徹底的に議論して欲しいです。
5. Posted by りり 2012年09月11日 23:29
makotoさん、
いつも貴重な意見、ありがとうございます。
いちいち頷きながら拝読させてもらいました。
この問題は、全員一致の答えなんか出ない。。。その通りだと思います。
それでも、全員が後悔しない様にするには、徹底的に話し合うしかないと思います。
そして、解体が市として決まっている以上、それに異論を唱えるのは勇気のいる事ですし、ましてやそれが部外者であれば、それだけでもアレルギー反応を起こす可能性もあると思います。
それでも、誰か声をあげた方がいい。
それだけの価値のあるもだと思っています。
そんな事を言っても私は、海の向こうから様子を見守るしか出来ないのですが。。。
いつも貴重な意見、ありがとうございます。
いちいち頷きながら拝読させてもらいました。
この問題は、全員一致の答えなんか出ない。。。その通りだと思います。
それでも、全員が後悔しない様にするには、徹底的に話し合うしかないと思います。
そして、解体が市として決まっている以上、それに異論を唱えるのは勇気のいる事ですし、ましてやそれが部外者であれば、それだけでもアレルギー反応を起こす可能性もあると思います。
それでも、誰か声をあげた方がいい。
それだけの価値のあるもだと思っています。
そんな事を言っても私は、海の向こうから様子を見守るしか出来ないのですが。。。
6. Posted by りり 2012年09月11日 23:46
blueさん、
ご意見ありがとうございます。
維持費等のコストもかかりますが、それで観光客を呼び込める可能性は大きいということは、広島が証明してくれています。
これは、市の財政を圧迫する可能性もありますが。同時に財産で使命の様な気がします。
そして、もっと言うと自然災害大国、日本の使命かもしれません。
残すかどうかの判断を資金に影響されずに判断された方が良いように思います。
仰る通り、とにかく徹底的な議論、それが重要ですよね。
ご意見ありがとうございます。
維持費等のコストもかかりますが、それで観光客を呼び込める可能性は大きいということは、広島が証明してくれています。
これは、市の財政を圧迫する可能性もありますが。同時に財産で使命の様な気がします。
そして、もっと言うと自然災害大国、日本の使命かもしれません。
残すかどうかの判断を資金に影響されずに判断された方が良いように思います。
仰る通り、とにかく徹底的な議論、それが重要ですよね。










