原発
2011年06月03日
でも、それでもデモ。
前回書いたデモの記事が、いつの間にか(私としては)多くの人に読まれていて
多くのご批判も頂いていたようです。
とても勉強になりました。
前回の記事を読んでくれた人が、また読みに来てくれるとは思ってないけど
私なりに、もう少し、あのデモで感じた事をなるべく誤解のない様に
書き留めておきたいと思います。
予備知識として、反/脱原発運動が、
ある特定の思想を持つ左寄り団体と結びつけられて来た歴史がある事は
十分承知していました。
私自身は、20年以上原発に反対する思いがありましたが
それは政治的思想とは完全に関係のない一般市民の気持ちです。
そもそも20年以上前は今以上にノンポリでしたし。
どのような思想であれ、反原発を訴える事と
その他の事を一緒くたに訴える気持ちは私にはありませんので
今回のデモの主催が誰であるのかは、事前に確認しました。
私も昔から知っている、老舗反核運動団体の原子力資料室だったので
「変な事にはならないだろう」と思って参加を決めました。
まぁ、そう思ってしまった事の根拠も、今思えばなかった訳ですが。。。
しかし、いざ会場に行ってみると、一目で左寄りと分かる団体名や
スローガンを書いたノボリが沢山。。。
良く知らない団体のノボリも方々も、後で調べてみると左寄りだった。
少し嫌な感じがしたのは確かです。
だって、団体で参加してる人が多くて
その団体も偏った方向から来てる人らしくて
こちらは一人の参加ですから。
でも、その事はそのデモへの参加を止める理由にはなりませんでした。
左とか右とか、上とか下とか。。。正直どうでも良いです。
思いが一緒なら、誰と訴えても構わないと思っているからです。
しかし実際には、原発とは全く関係のない事を
拡声器を使って、シュプレヒコールとして、訴えていました。
私が居たグループの、一体何人がその事に違和感を覚えたか分かりませんが
少なくとも、その中の人全てが“団体”の人ではなく
普通に参加して来た一般の人も、そのグループに居た様に見えました。
今巻き起こっている反/脱原発のデモに参加する多くの人は
今までデモなんて(きっと)参加する事も考えなかった様な人達ですよね。
日本のデモの特異性から、デモを敬遠して来た人も多いでしょう。
ただ単に政治に興味がなく、デモなんて知ろうともしなかった人も多いでしょう。
それでも、今回の事には黙っていられず
矢も楯もたまらずに、意思表示をしたい、
まだ関心を持っていない多くの人を巻き込みたい
そう思ってデモに足を向ける人が大多数なのではないでしょうか。
そういう人達を集めておいて
原発と全く関係のない問題を拡声器を使って、シュプレヒコールとして
ともすれば、そんなこと思ってもいない人達にまで
ただ単に流れだけで、後追いコールをさせる様な行為に
私は激しく嫌悪を感じたのです。
「ちょこっと政治思想が入ってるのなんて当たり前。
いちいち目くじら立てるのって、世間知らず過ぎる。」
。。。みたいな意見をお持ちの方も沢山いるようですが
私にはそうは思えません。
意見を批判する意味ではなく、理解が出来ないのです。
おそらく、今まで日本で行われて来た多くのデモにおいては
一つの訴えで集まって居ても、
それ以外の思想も同じくする団体が主に参加するデモであれば
主題以外の事を混ぜ込んでも問題なかったのかもしれない。
そして、そこにたまたま紛れ込んでしまった一般の人は
その事を飲み込んでデモに参加していたのかもしれない。
事実はよく知りませんのでコメントからの想像です。
でも、許容する事と、そうあるべきかどうか、という事は別の事じゃないでしょうか。
デモの目的は、
こんなに沢山の人がこの件について、こういう思いを持ってます、とアピールする事。
大勢の人が町をうねり歩く事によって、関心のない人の関心を得る事。
けど、デモで沢山の異なる意見をあげれば、周囲は何を訴えているのか分からない。
デモの目的の達成度が減るでしょう。
主題には共感出来ても、時々聞こえてくる別の声が自分の考えと違っていれば
主題への興味と共に共感する気持ちも消え去るかもしれない。
また、例え主題以外の訴えている内容が、自分の意見と違わなかったとしても
その件についてデモで訴えたいかどうかは別の話。
例えば、私はファッション目的の毛皮の利用は反対です。
でもだからといって、反原発デモで
「罪のない動物の皮を剥いで、キーホルダーにするな〜!」
とか、シュプレヒコール挙げられても賛同できないでしょう。
場違いですから。
ましてや、自分の意見ではない事を突然主張し始めたら
嫌悪を感じるのが普通の感覚ではないでしょうか。
デモは一つの問題(シングル・イッシュー)で訴えないと、
デモの趣旨も目的も結果も、ぶち上げた問題の数だけ分散され
訴える力が弱まるという事を考えても
切実な思いで足を運んでいる参加者の時間をある程度無駄にする事にもなりませんか。
反/脱原発と思っている人の中でも、掘り下げれば意見が皆同じという事はないでしょう。
でも、入り口として反/脱を選ぶ人達であるならば
それを真剣に訴えたいと思う人達の集まりであるならば
右翼だろうが左翼だろうが、全く構わない。
私は、決して左寄りの人達そのものを否定した訳ではありません。
否定したのは、そのやり方です。
デモそのものが無意味である、という意見もありました。
「デモに参加するのも悪いとは言わないけど
選挙に行って意思表示する事の方が大切。」
うろ覚えですが、確かこんな様な事を言っていたのは
自民党の河野太郎氏。
4月10日に高円寺でデモがあった時も
「デモなんか行かないで、選挙に行け」
という声も多く見られました。
選挙に行く事が大切。
その事に何の異論もないです。
だから私も世界中どこに居ようと、出来る限り選挙には行っています。
しかし、残念ながら
今まで選挙で原発問題が争点になった事はありませんよね。
争点にもなっていない問題を選挙で意思表示するのって。。。どうすれば出来るんだろ?
それこそ、選挙で“シングル・イッシュー”を問うものって。。。あったっけ?
郵政民営化問題の時だって、シングル・イッシューに見える様にしていただけで
実際はそうではなかったし、そんな事不可能でしょ?
それに
今、原発に反対する人達の多くは、この問題が喫緊の事であり
命の問題だと思ってるんです。
それを、次の選挙まで、そんな思い詰めた気持ちを保留しておけと。。。?
どんなに気持ちが強くても
一般市民が出来る事はそれほど多くないです。
今までのデモがどんな形であったにせよ
デモは本来、一般市民が政治参加する手段の一つです。
しかし、日本におけるデモが、一般の人には近寄りがたい、
特別な物として育って来てしまった責任は
デモを利用して来た人だけではなく
とりもなおさず、関心を示さなかった一般市民にも多くあると思います。
平和で便利な日本で、
政治の事も、原発の事も何も考えずに生きてくる事が出来たし
実際にそうしてきた。
そんな一般市民の興味の外側で、デモだって原発だって
おかしな具合に育って来てしまった。
その事の代償を、今私達は払っている訳で
それは甘んじて受け入れなければならないでしょう。
でも、それも何かおかしい。。。
このままで良いのかな。。。
色々な事が不確実に思えて来ているのは、私だけじゃないですよね。
純粋に「恐ろしい」「なんとかしたい」「守りたい」と思う気持ちが
超専門的な言葉を並び立てられ、一蹴されてしまったり
真剣に「聞いてほしい」「知ってほしい」「変えたい」という思いが
右だ、左だ、偽善だ、ただの祭りだと嘲笑されたり。。。
そうじゃなくて。。。
色んな立場の、色んな意見を持つ、色んな人達が
誠実に同じ土俵にあがる事は出来ないのでしょうか。
原発に疑問を持ってる多くの人は、それが「命の問題」だと思ってるからだと思います。
そんなプリミティブな事さえもイデオロギーなのでしょうか。
ただの理想主義でしょうか。
ナイーブ過ぎるのでしょうか。
それでもいいですけど。。。
学もなく、頭も良くない私の様な一般市民が挙げる小さな声だって集めてほしい。
失敗しながらも、声を上げて行きたいという思いを消したくない。
そうしないと、きっと、また熱さを忘れてしまうのではないか。。。
デモに出来る事には限界がある。
でも、選挙の争点を決めるのは世論。
限界はあっても無駄ではないし、2つは繋がっている。
日本に帰って来たら、またデモに行きます。
多くのご批判も頂いていたようです。
とても勉強になりました。
前回の記事を読んでくれた人が、また読みに来てくれるとは思ってないけど
私なりに、もう少し、あのデモで感じた事をなるべく誤解のない様に
書き留めておきたいと思います。
予備知識として、反/脱原発運動が、
ある特定の思想を持つ左寄り団体と結びつけられて来た歴史がある事は
十分承知していました。
私自身は、20年以上原発に反対する思いがありましたが
それは政治的思想とは完全に関係のない一般市民の気持ちです。
そもそも20年以上前は今以上にノンポリでしたし。
どのような思想であれ、反原発を訴える事と
その他の事を一緒くたに訴える気持ちは私にはありませんので
今回のデモの主催が誰であるのかは、事前に確認しました。
私も昔から知っている、老舗反核運動団体の原子力資料室だったので
「変な事にはならないだろう」と思って参加を決めました。
まぁ、そう思ってしまった事の根拠も、今思えばなかった訳ですが。。。
しかし、いざ会場に行ってみると、一目で左寄りと分かる団体名や
スローガンを書いたノボリが沢山。。。
良く知らない団体のノボリも方々も、後で調べてみると左寄りだった。
少し嫌な感じがしたのは確かです。
だって、団体で参加してる人が多くて
その団体も偏った方向から来てる人らしくて
こちらは一人の参加ですから。
でも、その事はそのデモへの参加を止める理由にはなりませんでした。
左とか右とか、上とか下とか。。。正直どうでも良いです。
思いが一緒なら、誰と訴えても構わないと思っているからです。
しかし実際には、原発とは全く関係のない事を
拡声器を使って、シュプレヒコールとして、訴えていました。
私が居たグループの、一体何人がその事に違和感を覚えたか分かりませんが
少なくとも、その中の人全てが“団体”の人ではなく
普通に参加して来た一般の人も、そのグループに居た様に見えました。
今巻き起こっている反/脱原発のデモに参加する多くの人は
今までデモなんて(きっと)参加する事も考えなかった様な人達ですよね。
日本のデモの特異性から、デモを敬遠して来た人も多いでしょう。
ただ単に政治に興味がなく、デモなんて知ろうともしなかった人も多いでしょう。
それでも、今回の事には黙っていられず
矢も楯もたまらずに、意思表示をしたい、
まだ関心を持っていない多くの人を巻き込みたい
そう思ってデモに足を向ける人が大多数なのではないでしょうか。
そういう人達を集めておいて
原発と全く関係のない問題を拡声器を使って、シュプレヒコールとして
ともすれば、そんなこと思ってもいない人達にまで
ただ単に流れだけで、後追いコールをさせる様な行為に
私は激しく嫌悪を感じたのです。
「ちょこっと政治思想が入ってるのなんて当たり前。
いちいち目くじら立てるのって、世間知らず過ぎる。」
。。。みたいな意見をお持ちの方も沢山いるようですが
私にはそうは思えません。
意見を批判する意味ではなく、理解が出来ないのです。
おそらく、今まで日本で行われて来た多くのデモにおいては
一つの訴えで集まって居ても、
それ以外の思想も同じくする団体が主に参加するデモであれば
主題以外の事を混ぜ込んでも問題なかったのかもしれない。
そして、そこにたまたま紛れ込んでしまった一般の人は
その事を飲み込んでデモに参加していたのかもしれない。
事実はよく知りませんのでコメントからの想像です。
でも、許容する事と、そうあるべきかどうか、という事は別の事じゃないでしょうか。
デモの目的は、
こんなに沢山の人がこの件について、こういう思いを持ってます、とアピールする事。
大勢の人が町をうねり歩く事によって、関心のない人の関心を得る事。
けど、デモで沢山の異なる意見をあげれば、周囲は何を訴えているのか分からない。
デモの目的の達成度が減るでしょう。
主題には共感出来ても、時々聞こえてくる別の声が自分の考えと違っていれば
主題への興味と共に共感する気持ちも消え去るかもしれない。
また、例え主題以外の訴えている内容が、自分の意見と違わなかったとしても
その件についてデモで訴えたいかどうかは別の話。
例えば、私はファッション目的の毛皮の利用は反対です。
でもだからといって、反原発デモで
「罪のない動物の皮を剥いで、キーホルダーにするな〜!」
とか、シュプレヒコール挙げられても賛同できないでしょう。
場違いですから。
ましてや、自分の意見ではない事を突然主張し始めたら
嫌悪を感じるのが普通の感覚ではないでしょうか。
デモは一つの問題(シングル・イッシュー)で訴えないと、
デモの趣旨も目的も結果も、ぶち上げた問題の数だけ分散され
訴える力が弱まるという事を考えても
切実な思いで足を運んでいる参加者の時間をある程度無駄にする事にもなりませんか。
反/脱原発と思っている人の中でも、掘り下げれば意見が皆同じという事はないでしょう。
でも、入り口として反/脱を選ぶ人達であるならば
それを真剣に訴えたいと思う人達の集まりであるならば
右翼だろうが左翼だろうが、全く構わない。
私は、決して左寄りの人達そのものを否定した訳ではありません。
否定したのは、そのやり方です。
デモそのものが無意味である、という意見もありました。
「デモに参加するのも悪いとは言わないけど
選挙に行って意思表示する事の方が大切。」
うろ覚えですが、確かこんな様な事を言っていたのは
自民党の河野太郎氏。
4月10日に高円寺でデモがあった時も
「デモなんか行かないで、選挙に行け」
という声も多く見られました。
選挙に行く事が大切。
その事に何の異論もないです。
だから私も世界中どこに居ようと、出来る限り選挙には行っています。
しかし、残念ながら
今まで選挙で原発問題が争点になった事はありませんよね。
争点にもなっていない問題を選挙で意思表示するのって。。。どうすれば出来るんだろ?
それこそ、選挙で“シングル・イッシュー”を問うものって。。。あったっけ?
郵政民営化問題の時だって、シングル・イッシューに見える様にしていただけで
実際はそうではなかったし、そんな事不可能でしょ?
それに
今、原発に反対する人達の多くは、この問題が喫緊の事であり
命の問題だと思ってるんです。
それを、次の選挙まで、そんな思い詰めた気持ちを保留しておけと。。。?
どんなに気持ちが強くても
一般市民が出来る事はそれほど多くないです。
今までのデモがどんな形であったにせよ
デモは本来、一般市民が政治参加する手段の一つです。
しかし、日本におけるデモが、一般の人には近寄りがたい、
特別な物として育って来てしまった責任は
デモを利用して来た人だけではなく
とりもなおさず、関心を示さなかった一般市民にも多くあると思います。
平和で便利な日本で、
政治の事も、原発の事も何も考えずに生きてくる事が出来たし
実際にそうしてきた。
そんな一般市民の興味の外側で、デモだって原発だって
おかしな具合に育って来てしまった。
その事の代償を、今私達は払っている訳で
それは甘んじて受け入れなければならないでしょう。
でも、それも何かおかしい。。。
このままで良いのかな。。。
色々な事が不確実に思えて来ているのは、私だけじゃないですよね。
純粋に「恐ろしい」「なんとかしたい」「守りたい」と思う気持ちが
超専門的な言葉を並び立てられ、一蹴されてしまったり
真剣に「聞いてほしい」「知ってほしい」「変えたい」という思いが
右だ、左だ、偽善だ、ただの祭りだと嘲笑されたり。。。
そうじゃなくて。。。
色んな立場の、色んな意見を持つ、色んな人達が
誠実に同じ土俵にあがる事は出来ないのでしょうか。
原発に疑問を持ってる多くの人は、それが「命の問題」だと思ってるからだと思います。
そんなプリミティブな事さえもイデオロギーなのでしょうか。
ただの理想主義でしょうか。
ナイーブ過ぎるのでしょうか。
それでもいいですけど。。。
学もなく、頭も良くない私の様な一般市民が挙げる小さな声だって集めてほしい。
失敗しながらも、声を上げて行きたいという思いを消したくない。
そうしないと、きっと、また熱さを忘れてしまうのではないか。。。
デモに出来る事には限界がある。
でも、選挙の争点を決めるのは世論。
限界はあっても無駄ではないし、2つは繋がっている。
日本に帰って来たら、またデモに行きます。
2011年05月18日
チェルノブイリとフクシマと。。。
福島の事故を受けて
ロシアの原発は、追加の調査を行い、停止させる可能性が語られています。
ロスアトム(国営原子力企業)では、既存の原発の耐震強度の決定をし、
複雑な作業を要するようであれば、原子炉の停止をするとしました。
原発サイトには2ヶ月〜半年分のディーゼル発電機や貯水プールの供給も計画しています。
これらの費用は日本同様、電気料に跳ね返り、消費者に負担させるものという事。
国としては脱原発方向ではなく、次世代の新しい原発への移行を表明してます。
新しい原発は、震度9と14mの津波を想定しており、
福島の事故を引き起こした状況でも耐えうるとしています。
また、原子力工業化学情報サイトの nuclear.ruの投票では
福島の事故を受けての反応は以下の様になっています:
危険だ 35.56%
原子力ルネッサンスの終焉 15.07%
特に変わりはない 40.87%
原発技術の信頼性を確認 8.50%
(4月17日現在)
以前の数値が分からないので、これだけでは何とも言えませんが
どちらかに偏るでなく。。。と言った所でしょうか。
政府の方針も、フクシマがロシアの原発政策に大きく影響している様には思えません。
では、一般の人はどう思っているのでしょう。
大きく言えば、ロシアでは原発の事が大きく議論されていると言う事はありません。
情報を手に入れようと思っても、なかなか手に入らない。
でも、日々減って行く報道の量と、収束の見えない状況を考えると、おかしいと感じる。
。。。そんな風に言う人もいました。
少なくとも、放射性物質への不安を持っている人は少なからず居るのは確かな様です。
例えば、ガイガーカウンターは、ここモスクワでも品薄です。
もちろんそれは、日本人が大量に購入して持ち帰ったと言う事もある様ですが
ロシア人達も少なからず購入しています。
今の所、フクシマの放射線の影響はモスクワには到達していません。
(少なくとも懸念する量は来ていない。)
このブログのヘビーリーダーの方は(居るのか?!(^^;))
私がモスクワの街でガイガーカウンターを持ち歩いているのはご存知だと思いますが
私の計測でも、フクシマ以降におかしな数値が出たという事はありません。
それでもロシア人がガイガーカウンターを求める理由は
私達日本人と同じ。
政府発表が信じられない、自分の目で確認したい、と言う事です。
ロシア人には、チェルノブイリの時にさんざん情報隠蔽されたと言う経験があります。
政府が信じられないのは、無理もない事です。
実は、ロシア人の日本という国に対する信頼度は相当な物です。
それでも、今回の件については
「日本の政府発表を信頼するな」
というアドバイスをしてくる人は、私の周りでは少なくありません。
自分の身を自分で守れ。。。と言う事だと、私は理解しました。
チェルノブイリの放射能に晒され
補償の多くを国が解体される中でウヤムヤにされ
今なお、その影響に苦しむ多くの人を抱えつつも、公に問題視される事もない。
それでも、何かおかしな事が起こっている事はみんな知っている。。。
政府が自分たちに何をしてくれて、何をしてくれないのか
この国の人達は、良くわかっているのです。
また、日本からロシアに運ばれて来る商品に対しても
“それなりの対応”が求められています。
輸入の際に放射線チェックが行われるのはもちろんの事
企業としても、
安全確認が行われている事を消費者に伝わる様に計らう事が重要になって来ています。
ロシア人に人気の日本の商品の一つに、紙オムツがありますが
フクシマの直後、これから入って来る商品が汚染されているのではないかとの懸念から
一時期オムツの買いだめに走った人も居たようです。
さて。。。先の4月26日で、当のチェルノブイリの事故から25年が経ちました。
グランンド・ゼロ周辺の町は、今も死の町。
その周りの広い地域でも、今でも農作物を作る事は禁止されています。
それでもそこでこっそり作って、地元では売れないので
モスクワ等に持って来て売っているとの事ですが。。。orz
キエフ(ウクライナ)に住んでいた人の話では
現地では、チェルノブイリの放射性物質が土壌を汚染し
水路へ流れ込んでいるというのが共通認識のようです。
もちろん、選択の余地がないので、現地の人達はその水を使います。
また、放射能の吸収率の高い鉱物で出来た建物があるらしいのですが
その建物に触ったり、寄りかかったりすると、危ない、と注意されるそうです。
他にも、放射能含有率の高いキノコ類は口にしない。。。等々。。。
実は、私が以前住んでいたドイツでも
今でもキノコの産地には気をつける様にと注意喚起がされています。
日本に住んでいる時は、薄れつつあるチェルノブイリが
ドイツに引っ越した途端に、“歴史”から“現在”に引き戻された感覚を
今でもハッキリ覚えています。
つまりそれは、20年以上前のレベル7の大事故が
現地や周辺諸国の人達にとっては、過去の事ではなく“忌々しい今”である事に
気付かされた時でもあるわけです。
フクシマの“今”が“歴史”になるのがいつの日の事なのか。。。
誰か答えを持っているでしょうか。
フクシマはまだ2ヶ月しか経っていません。
今だからまだ取り返しがつくかもしれない事が
まだ残されてる様な気がしてなりません。
25年後の日本が
チェルノブイリとその周辺の『今』よりも、ずっとずっと良い環境であるように
子供達が健やかに育ち、社会を支える大人となっていられるように
日本の『今』を変えなければいけない。。。と、私は日々悶々とするのです。
ロシアの原発は、追加の調査を行い、停止させる可能性が語られています。
ロスアトム(国営原子力企業)では、既存の原発の耐震強度の決定をし、
複雑な作業を要するようであれば、原子炉の停止をするとしました。
原発サイトには2ヶ月〜半年分のディーゼル発電機や貯水プールの供給も計画しています。
これらの費用は日本同様、電気料に跳ね返り、消費者に負担させるものという事。
国としては脱原発方向ではなく、次世代の新しい原発への移行を表明してます。
新しい原発は、震度9と14mの津波を想定しており、
福島の事故を引き起こした状況でも耐えうるとしています。
また、原子力工業化学情報サイトの nuclear.ruの投票では
福島の事故を受けての反応は以下の様になっています:
危険だ 35.56%
原子力ルネッサンスの終焉 15.07%
特に変わりはない 40.87%
原発技術の信頼性を確認 8.50%
(4月17日現在)
以前の数値が分からないので、これだけでは何とも言えませんが
どちらかに偏るでなく。。。と言った所でしょうか。
政府の方針も、フクシマがロシアの原発政策に大きく影響している様には思えません。
では、一般の人はどう思っているのでしょう。
大きく言えば、ロシアでは原発の事が大きく議論されていると言う事はありません。
情報を手に入れようと思っても、なかなか手に入らない。
でも、日々減って行く報道の量と、収束の見えない状況を考えると、おかしいと感じる。
。。。そんな風に言う人もいました。
少なくとも、放射性物質への不安を持っている人は少なからず居るのは確かな様です。
例えば、ガイガーカウンターは、ここモスクワでも品薄です。
もちろんそれは、日本人が大量に購入して持ち帰ったと言う事もある様ですが
ロシア人達も少なからず購入しています。
今の所、フクシマの放射線の影響はモスクワには到達していません。
(少なくとも懸念する量は来ていない。)
このブログのヘビーリーダーの方は(居るのか?!(^^;))
私がモスクワの街でガイガーカウンターを持ち歩いているのはご存知だと思いますが
私の計測でも、フクシマ以降におかしな数値が出たという事はありません。
それでもロシア人がガイガーカウンターを求める理由は
私達日本人と同じ。
政府発表が信じられない、自分の目で確認したい、と言う事です。
ロシア人には、チェルノブイリの時にさんざん情報隠蔽されたと言う経験があります。
政府が信じられないのは、無理もない事です。
実は、ロシア人の日本という国に対する信頼度は相当な物です。
それでも、今回の件については
「日本の政府発表を信頼するな」
というアドバイスをしてくる人は、私の周りでは少なくありません。
自分の身を自分で守れ。。。と言う事だと、私は理解しました。
チェルノブイリの放射能に晒され
補償の多くを国が解体される中でウヤムヤにされ
今なお、その影響に苦しむ多くの人を抱えつつも、公に問題視される事もない。
それでも、何かおかしな事が起こっている事はみんな知っている。。。
政府が自分たちに何をしてくれて、何をしてくれないのか
この国の人達は、良くわかっているのです。
また、日本からロシアに運ばれて来る商品に対しても
“それなりの対応”が求められています。
輸入の際に放射線チェックが行われるのはもちろんの事
企業としても、
安全確認が行われている事を消費者に伝わる様に計らう事が重要になって来ています。
ロシア人に人気の日本の商品の一つに、紙オムツがありますが
フクシマの直後、これから入って来る商品が汚染されているのではないかとの懸念から
一時期オムツの買いだめに走った人も居たようです。
さて。。。先の4月26日で、当のチェルノブイリの事故から25年が経ちました。
グランンド・ゼロ周辺の町は、今も死の町。
その周りの広い地域でも、今でも農作物を作る事は禁止されています。
それでもそこでこっそり作って、地元では売れないので
モスクワ等に持って来て売っているとの事ですが。。。orz
キエフ(ウクライナ)に住んでいた人の話では
現地では、チェルノブイリの放射性物質が土壌を汚染し
水路へ流れ込んでいるというのが共通認識のようです。
もちろん、選択の余地がないので、現地の人達はその水を使います。
また、放射能の吸収率の高い鉱物で出来た建物があるらしいのですが
その建物に触ったり、寄りかかったりすると、危ない、と注意されるそうです。
他にも、放射能含有率の高いキノコ類は口にしない。。。等々。。。
実は、私が以前住んでいたドイツでも
今でもキノコの産地には気をつける様にと注意喚起がされています。
日本に住んでいる時は、薄れつつあるチェルノブイリが
ドイツに引っ越した途端に、“歴史”から“現在”に引き戻された感覚を
今でもハッキリ覚えています。
つまりそれは、20年以上前のレベル7の大事故が
現地や周辺諸国の人達にとっては、過去の事ではなく“忌々しい今”である事に
気付かされた時でもあるわけです。
フクシマの“今”が“歴史”になるのがいつの日の事なのか。。。
誰か答えを持っているでしょうか。
フクシマはまだ2ヶ月しか経っていません。
今だからまだ取り返しがつくかもしれない事が
まだ残されてる様な気がしてなりません。
25年後の日本が
チェルノブイリとその周辺の『今』よりも、ずっとずっと良い環境であるように
子供達が健やかに育ち、社会を支える大人となっていられるように
日本の『今』を変えなければいけない。。。と、私は日々悶々とするのです。
2011年04月20日
未来に託す無責任
原子力発電所が必要とされて来た主な理由はやっぱり
日本には燃料資源がなく
化石燃料を輸入し続けなければならず
その化石燃料そのものも枯渇しつつある
だから、原子力発電が少々危険でも頼らざるを得ない
と言う事だと思います。
でも、原発に必要なウランだって日本では100%輸入に頼ってますよね。
総務省統計局によると、世界のウランの埋蔵量は323万トン
世界原子力協会(World Nuclear Association)によると
世界のウラン需要は年間6万8千トン
単純に計算すると、47年余りで枯渇する事になります。
ま、これはこれからまた新たに見つかる可能性もありますし
それは石油や天然ガスだって、なくなる、なくなる。。。と言われては
新たなソースが見つかって来た歴史があるので、
数字としては目安にしかならないかもしれないです。
ただ、無限の資源ではないですよね、って事です。
だってね、濃縮ウラン使って発電するじゃん。
使い終わった燃料の中には、プルトニウムってのが出来てるんだよ。
その使用済み燃料を
1)再処理工場で
3)使用済み燃料からプルトニウムを取り出す。
そいつを
2)高速増殖炉って奴ん中に放り込むと、
プルトニウムを増殖しながら発電するって方式。
この方法を使えば、燃料のプルトニウムがなくなる事もないし
エネルギーは、まさに永遠に作り出す事が出来る。
夢の様です。
問題は、それが「夢」のままって事です。
1)再処理工場と言えば六ヶ所村ですが1993年に着工してから
完成延期を18回も繰り返し、建設費用は2兆円を超えています。
現在もなお、試験運転中。
2)日本の高速増殖炉と言えばもんじゅ。
1983年に着工、91年に運転開始しているが
冷却ナトリウム漏洩や、炉内中継装置落下等々の事故で現在なお運転停止中。
ちなみに、ナトリウム漏洩の時は、情報隠蔽問題で自殺者を出している。
最近も自殺者が出ている。
ドイツ、アメリカ、イギリス、フランスが
不可能。
高過ぎる。
と、次々と高速増殖炉開発から撤退をする中
日本では現在も1日5500万円の維持費を投入して
もんじゅに壮大な夢を追い求めています。
開発費用はこちらも2兆円を超えていると言われています。
3)さて、使用済み燃料ですが。。。
プルトニウムはもんじゅがいつか運転可能になった時に使えるとして
大半のそれ以外の核廃棄物はどうするのでしょう。
私も今回の福島原発の事故で初めて知りましたが
使用済み燃料って、あんな風に保管されてるんですね。
実物を見ていないので分かりませんが、図を見る限り
ただのプールに燃料放り込んでるだけに見えちゃいます。。。
あそこの使用済み燃料は、現在冷やしている段階だった訳ですが
冷やして再処理して燃料取り出した後のゴミはどうするのでしょう?
その事の明確な答えを、私達の国はまだ持っていません。
地中深くに埋めると言っても、どこに埋めるのか?
受け入れ地を募集しても、名乗りを上げる地域はまだ出ていません。
例え場所が見つかったとしても、埋めて終わりではなく
永遠に管理をして行かなければならなりません。
革新的な技術が開発されない限り
原発を使い続ける限り、
40年前に「未来の廃棄技術を信じて」見切り発車してしまった時と同じ様に
私達は子供達や孫達の世代に
「期待する」ていで「押し付ける」のです。
とても残念なのは、その毒性の強いゴミとは
たった今、原発を撤廃したとしても、これらの問題は残り
核廃棄物とは一生付き合って行かなければならないと言う事です。
原子力施設は、一度燃料を入れて動かしてしまったら
その施設の大きな部分は放射線で汚染されてしまいます。
つまり施設そのものの解体が非常に困難で、
汚染された廃材処理の取り扱いも、とんでもなく大変な作業で
とんでもない費用と時間がかかる、と言う事です。
これも福島原発を見ていれば想像つきますよね。
だったらこのまま使い続けた方がいいじゃん!
と思う人もいるでしょうか。
私の意見は違います。
廃棄して行く道を選べば
少なくとも、これ以上核廃棄物を増やさなくても済みます。
理由はどうあれ、日本には原子力に依存せざるを得ない時期があったんだと思う。
例えばこんな理由も→原発導入のシナリオ〜冷戦下の対日原子力戦略〜
しかし、日本が莫大な資金と壮大な時間と
日本の知力を原子力に全力投球している間に、
世界は“本当に再生可能なエネルギー”へとシフトしていました。
ドイツでは2050年までに100%再生可能エネルギーにすると言っています。
アメリカでも原発エネルギーのコストよりも
ソーラーのコストの方が安くなるまでに普及が進んでいます。
本当は自然エネルギー分野でも、日本は世界一で居続けられた筈、だと思います。
例えばシャープは太陽電池で2007年頃までは世界1位だったはず。
それが今やドイツやスペインにも抜かれて、5位だか6位だかになっています。
その転落の原因の一つは補助金の廃止であることは間違いないと思ってます。
現在の補助制度と同じ物かどうかは分かりませんが
促進の為の補助金が、2007年前後にごっそりなくなったのです。
理由はその時も不確かでした。
しかし、一方で原子力には潤沢に資金をまわしている訳ですから
少なくとも国はソーラーに対して“本気ではなかった”のではないでしょうか。
メーカーだって、一生懸命開発しても、使ってもらえないなら
モチベーションも下がるってもんです。
しかし世界は、その間に着々と自然エネルギーの技術を磨いて行っています。
つまり、原子力に頼る事が“足かせ”になっていると思うのです。
世界が見捨てた高速増殖炉やプルサーマルに注がれた
財力と知力を自然エネルギーに注いでいたら
もしかしたら、日本は今頃燃料輸出国に転じていたかもしれない。。。
とさえ、本気で思ってます。
でもね。。。『原発ありき』の政策である以上、そうはならないでしょうね。
そしてこのまま原発に頼り続け
石油が本当に使えない状態となり
ウランもなくなり始め
もんじゅも相変わらず停止中だったら。。。?
また、そんな無責任な期待を
未来に託して、現状を肯定するのでしょうか?
今、考えなければ、私達はまた考える機会を逸します。
NHKスペシャル 原発解体(1)
日本には燃料資源がなく
化石燃料を輸入し続けなければならず
その化石燃料そのものも枯渇しつつある
だから、原子力発電が少々危険でも頼らざるを得ない
と言う事だと思います。
でも、原発に必要なウランだって日本では100%輸入に頼ってますよね。
総務省統計局によると、世界のウランの埋蔵量は323万トン
世界原子力協会(World Nuclear Association)によると
世界のウラン需要は年間6万8千トン
単純に計算すると、47年余りで枯渇する事になります。
ま、これはこれからまた新たに見つかる可能性もありますし
それは石油や天然ガスだって、なくなる、なくなる。。。と言われては
新たなソースが見つかって来た歴史があるので、
数字としては目安にしかならないかもしれないです。
ただ、無限の資源ではないですよね、って事です。
いやいや、原子力は再生可能エネルギーなんだよ。
だってね、濃縮ウラン使って発電するじゃん。
使い終わった燃料の中には、プルトニウムってのが出来てるんだよ。
その使用済み燃料を
1)再処理工場で
3)使用済み燃料からプルトニウムを取り出す。
そいつを
2)高速増殖炉って奴ん中に放り込むと、
プルトニウムを増殖しながら発電するって方式。
この方法を使えば、燃料のプルトニウムがなくなる事もないし
エネルギーは、まさに永遠に作り出す事が出来る。
夢の様です。
問題は、それが「夢」のままって事です。
1)再処理工場と言えば六ヶ所村ですが1993年に着工してから
完成延期を18回も繰り返し、建設費用は2兆円を超えています。
現在もなお、試験運転中。
2)日本の高速増殖炉と言えばもんじゅ。
1983年に着工、91年に運転開始しているが
冷却ナトリウム漏洩や、炉内中継装置落下等々の事故で現在なお運転停止中。
ちなみに、ナトリウム漏洩の時は、情報隠蔽問題で自殺者を出している。
最近も自殺者が出ている。
ドイツ、アメリカ、イギリス、フランスが
不可能。
高過ぎる。
と、次々と高速増殖炉開発から撤退をする中
日本では現在も1日5500万円の維持費を投入して
もんじゅに壮大な夢を追い求めています。
開発費用はこちらも2兆円を超えていると言われています。
3)さて、使用済み燃料ですが。。。
プルトニウムはもんじゅがいつか運転可能になった時に使えるとして
大半のそれ以外の核廃棄物はどうするのでしょう。
私も今回の福島原発の事故で初めて知りましたが
使用済み燃料って、あんな風に保管されてるんですね。
実物を見ていないので分かりませんが、図を見る限り
ただのプールに燃料放り込んでるだけに見えちゃいます。。。
あそこの使用済み燃料は、現在冷やしている段階だった訳ですが
冷やして再処理して燃料取り出した後のゴミはどうするのでしょう?
その事の明確な答えを、私達の国はまだ持っていません。
地中深くに埋めると言っても、どこに埋めるのか?
受け入れ地を募集しても、名乗りを上げる地域はまだ出ていません。
例え場所が見つかったとしても、埋めて終わりではなく
永遠に管理をして行かなければならなりません。
革新的な技術が開発されない限り
原発を使い続ける限り、
40年前に「未来の廃棄技術を信じて」見切り発車してしまった時と同じ様に
私達は子供達や孫達の世代に
「期待する」ていで「押し付ける」のです。
とても残念なのは、その毒性の強いゴミとは
たった今、原発を撤廃したとしても、これらの問題は残り
核廃棄物とは一生付き合って行かなければならないと言う事です。
原子力施設は、一度燃料を入れて動かしてしまったら
その施設の大きな部分は放射線で汚染されてしまいます。
つまり施設そのものの解体が非常に困難で、
汚染された廃材処理の取り扱いも、とんでもなく大変な作業で
とんでもない費用と時間がかかる、と言う事です。
これも福島原発を見ていれば想像つきますよね。
だったらこのまま使い続けた方がいいじゃん!
と思う人もいるでしょうか。
私の意見は違います。
廃棄して行く道を選べば
少なくとも、これ以上核廃棄物を増やさなくても済みます。
理由はどうあれ、日本には原子力に依存せざるを得ない時期があったんだと思う。
例えばこんな理由も→原発導入のシナリオ〜冷戦下の対日原子力戦略〜
しかし、日本が莫大な資金と壮大な時間と
日本の知力を原子力に全力投球している間に、
世界は“本当に再生可能なエネルギー”へとシフトしていました。
ドイツでは2050年までに100%再生可能エネルギーにすると言っています。
アメリカでも原発エネルギーのコストよりも
ソーラーのコストの方が安くなるまでに普及が進んでいます。
本当は自然エネルギー分野でも、日本は世界一で居続けられた筈、だと思います。
例えばシャープは太陽電池で2007年頃までは世界1位だったはず。
それが今やドイツやスペインにも抜かれて、5位だか6位だかになっています。
その転落の原因の一つは補助金の廃止であることは間違いないと思ってます。
現在の補助制度と同じ物かどうかは分かりませんが
促進の為の補助金が、2007年前後にごっそりなくなったのです。
理由はその時も不確かでした。
しかし、一方で原子力には潤沢に資金をまわしている訳ですから
少なくとも国はソーラーに対して“本気ではなかった”のではないでしょうか。
メーカーだって、一生懸命開発しても、使ってもらえないなら
モチベーションも下がるってもんです。
しかし世界は、その間に着々と自然エネルギーの技術を磨いて行っています。
つまり、原子力に頼る事が“足かせ”になっていると思うのです。
世界が見捨てた高速増殖炉やプルサーマルに注がれた
財力と知力を自然エネルギーに注いでいたら
もしかしたら、日本は今頃燃料輸出国に転じていたかもしれない。。。
とさえ、本気で思ってます。
でもね。。。『原発ありき』の政策である以上、そうはならないでしょうね。
そしてこのまま原発に頼り続け
石油が本当に使えない状態となり
ウランもなくなり始め
もんじゅも相変わらず停止中だったら。。。?
ーーーーきっとその時までには、新しい燃料が見つかっている筈ーーーー
また、そんな無責任な期待を
未来に託して、現状を肯定するのでしょうか?
今、考えなければ、私達はまた考える機会を逸します。
NHKスペシャル 原発解体(1)
2011年04月10日
自販機って、そんなにいる?
地震の数も少なくなって来たという話が出て来た矢先
また大きな余震が起きてしまい
該当地域の方、とりわけ被災地域の方、避難されてる方々にとって
どれだけ肉体的、精神的にもショックが大きかったろうと思うと
本当に言葉が見つかりません。
原子力施設も、東通原発、六ヶ所村再処理工場、女川原発では
非常用発電機を発動させる等、周辺地域の方は
不安な気持ちを募らせているのではないかと想像します。
どうかこれ以上、大きな余震が来ません様に。。。祈る事しかできません。
そんな中、計画停電が当面行われないと言う発表がなされました。
そもそも日本の電力は、
原発以外のソースで現在も十分賄えるというレポートも方々から出ているので
あえて詳細をここで書くのは控えますが。。。
参照:
日本、原子力発電不足分補う石油火力発電の余剰ある(ロイター)
原発Nチャンネル14 原発なしでも電力足りてる 小出裕章
ま、これも実は20年以上前から言われ続けている事です。
今、原発推進・擁護派と反対派の中で議論されるほとんどの争点は
私が興味を持ち始めた20年以上前とほとんど変わりがありません。
つい先日、1988年放送の「朝まで生テレビ!原発」を見て
改めてその事を感じました。@YouTube
その事実は、なんだかこの争いが
まるで不毛な事の様に思えて、ちょっと落ち込みます。。。orz
しかし、大きく違う点もあります。
一つは、代替燃料としての自然エネルギーの開発が
当時よりも格段に使用可能な燃料として進められて来たと言う事。
実際にドイツでは2050年までには100%自然エネルギーにすると宣言しています。
出典
代替エネルギーに関しては、また改めて書きたいと思います。
長丁場になるので、少しずつ忘れられない様に書いて行きますよ〜(ーvー)
そしてもう一つは、やはりエネルギー消費量。
80年代後半と比べて、現在は1.3倍程度多く消費されてる様です。
出典
3割増って、結構大きいよね。
計画停電は取りあえずなくなったものの
状況に寄ってはやむを得ず行われる可能性も残っており
今、一番懸念されているのは夏場のピーク。
家庭でも20%程の節電が呼びかけられており
家庭内の電気で最も大きいのが冷房や冷蔵庫だと報道されていました。
そこで、フと思ったのですが。。。
冷蔵庫??
実は、欧州、ロシア、アメリカでさえ、それほど多く見かけず
日本では、めちゃめちゃ多い電化製品が街中にあります。
それは
自動販売機。
タバコやチケットの自販機はともかく
飲み物の自販機って冷蔵庫みたいなもんですよね。
で、ちょいと調べてみました。
国内の自販機は500万台程度
消費電力は500〜1,000w
1台あたり1kwだとすると、自販機全体の出ん虜機消費量は500万kw
これはおよそ、福島第一原発1〜6号機全ての出力に相当(469万kw)
出典
つまり、全国の自販機全部を取っ払えば福島第一の損失分が“浮く”って事。
ま、これはちょっとおおざっぱな見方だな〜、とは思います。
しかし、この自販機の中で飲料の自販機の電力消費が一番大きく
自販機全体の半分程度を占めている事を考慮すれば
やっぱり結構な電力が使われているのだと思うのですよ。
出典:自販機普及台数及び年間自販金額
その自販機が、前述した様に
欧州、ロシア、アメリカでさえ、日本のそれより格段に少ないです。
こと飲料の自販機なんて日本では
コンビニの横
キヨスクの横、等々。。。
その自販機がなくても、そのすぐ隣りで違う冷蔵庫、保温庫に入れられ
レジでお金を払う方式で買える“全く同じ商品”が並んでたりする訳です。
全部撤去しろ、とは言わないけど
とにかく大杉じゃね?
と思うのです。
日本の自販機の年間売り上げは5兆円越え(!)の大産業だし
様々な物が自販機で買えると言う事が
外国人にとってはめずらしく、日本の特有の文化になりつつあるのも事実だけど
そんなに電力の足りない国であるのなら
今現在の電力不足対応としての自販機営業の縮小に限らず
恒久的な見直しが必要なんじゃなかろうか?と思うのです。
日本自動販売機工業界では夏場の電力不足時には飲料の冷却販売は停止するそうです。
ところで、ウチの母上が節電中の某スーパーに行って思ったそうです。
「いつもよりは暗いけど、見えない訳じゃない。
むしろ、いつもが明る過ぎたんじゃないか、とも思う。」
ロンドン駐在の知り合いが、節電中の日本の街中で思ったそうです。
「それでもロンドンよりは明るい。。。」
エネルギー資源が潤沢な国、ロシアの大都市モスクワに住む私も思います。
「(節電中の新宿をテレビで見て)それでもここよりずっと明るい。」
ちなみに、エネルギー大国の当地でも“不計画停電”はママあります。。。
ドイツ在住の友達曰く
「隣りの部屋のドイツ人は、
夜の照明はテレビの明かりオンリーがデフォルトだ。(ーー)」
。。。
。。。いや。。。ここまでしなくてもいいけどさ。。。(^^;)
電気を大切にする事は、物を大切にする事と同じ。
不便な土地で暮らすと、そのことは身を以て分かります。
代替エネルギーの模索と同様に大切な事ですよね。
海外駐在の生活を通じて、一番学んだのはその事かもしれないです。
追伸====
昨日の夜、こんなつぶやきを見つけました。
@yamamototaro0 山本太郎俳優
原発発言やリツイートはCHECKされ必ず仕事干される、お前がその事に触れられぬ事は皆判ってくれる。二週以上前から母は僕に釘をさし続けた。日雇い労働役者稼業明日から干されてどう生きてく?だからって黙ってテロ国家日本の片棒担げぬ。親不孝許せm(__)m日曜高円寺行くのも許してチョ
(4月8日)
やっぱり少し、昔とは違うかもしれないね。
タロー、私は応援するよ♪(^^)
また大きな余震が起きてしまい
該当地域の方、とりわけ被災地域の方、避難されてる方々にとって
どれだけ肉体的、精神的にもショックが大きかったろうと思うと
本当に言葉が見つかりません。
原子力施設も、東通原発、六ヶ所村再処理工場、女川原発では
非常用発電機を発動させる等、周辺地域の方は
不安な気持ちを募らせているのではないかと想像します。
どうかこれ以上、大きな余震が来ません様に。。。祈る事しかできません。
そんな中、計画停電が当面行われないと言う発表がなされました。
そもそも日本の電力は、
原発以外のソースで現在も十分賄えるというレポートも方々から出ているので
あえて詳細をここで書くのは控えますが。。。
参照:
日本、原子力発電不足分補う石油火力発電の余剰ある(ロイター)
原発Nチャンネル14 原発なしでも電力足りてる 小出裕章
ま、これも実は20年以上前から言われ続けている事です。
今、原発推進・擁護派と反対派の中で議論されるほとんどの争点は
私が興味を持ち始めた20年以上前とほとんど変わりがありません。
つい先日、1988年放送の「朝まで生テレビ!原発」を見て
改めてその事を感じました。@YouTube
その事実は、なんだかこの争いが
まるで不毛な事の様に思えて、ちょっと落ち込みます。。。orz
しかし、大きく違う点もあります。
一つは、代替燃料としての自然エネルギーの開発が
当時よりも格段に使用可能な燃料として進められて来たと言う事。
実際にドイツでは2050年までには100%自然エネルギーにすると宣言しています。
出典
代替エネルギーに関しては、また改めて書きたいと思います。
長丁場になるので、少しずつ忘れられない様に書いて行きますよ〜(ーvー)
そしてもう一つは、やはりエネルギー消費量。
80年代後半と比べて、現在は1.3倍程度多く消費されてる様です。
出典
3割増って、結構大きいよね。
計画停電は取りあえずなくなったものの
状況に寄ってはやむを得ず行われる可能性も残っており
今、一番懸念されているのは夏場のピーク。
家庭でも20%程の節電が呼びかけられており
家庭内の電気で最も大きいのが冷房や冷蔵庫だと報道されていました。
そこで、フと思ったのですが。。。
冷蔵庫??
実は、欧州、ロシア、アメリカでさえ、それほど多く見かけず
日本では、めちゃめちゃ多い電化製品が街中にあります。
それは
自動販売機。
タバコやチケットの自販機はともかく
飲み物の自販機って冷蔵庫みたいなもんですよね。
で、ちょいと調べてみました。
国内の自販機は500万台程度
消費電力は500〜1,000w
1台あたり1kwだとすると、自販機全体の出ん虜機消費量は500万kw
これはおよそ、福島第一原発1〜6号機全ての出力に相当(469万kw)
出典
つまり、全国の自販機全部を取っ払えば福島第一の損失分が“浮く”って事。
ま、これはちょっとおおざっぱな見方だな〜、とは思います。
しかし、この自販機の中で飲料の自販機の電力消費が一番大きく
自販機全体の半分程度を占めている事を考慮すれば
やっぱり結構な電力が使われているのだと思うのですよ。
出典:自販機普及台数及び年間自販金額
その自販機が、前述した様に
欧州、ロシア、アメリカでさえ、日本のそれより格段に少ないです。
こと飲料の自販機なんて日本では
コンビニの横
キヨスクの横、等々。。。
その自販機がなくても、そのすぐ隣りで違う冷蔵庫、保温庫に入れられ
レジでお金を払う方式で買える“全く同じ商品”が並んでたりする訳です。
全部撤去しろ、とは言わないけど
とにかく大杉じゃね?
と思うのです。
日本の自販機の年間売り上げは5兆円越え(!)の大産業だし
様々な物が自販機で買えると言う事が
外国人にとってはめずらしく、日本の特有の文化になりつつあるのも事実だけど
そんなに電力の足りない国であるのなら
今現在の電力不足対応としての自販機営業の縮小に限らず
恒久的な見直しが必要なんじゃなかろうか?と思うのです。
日本自動販売機工業界では夏場の電力不足時には飲料の冷却販売は停止するそうです。
ところで、ウチの母上が節電中の某スーパーに行って思ったそうです。
「いつもよりは暗いけど、見えない訳じゃない。
むしろ、いつもが明る過ぎたんじゃないか、とも思う。」
ロンドン駐在の知り合いが、節電中の日本の街中で思ったそうです。
「それでもロンドンよりは明るい。。。」
エネルギー資源が潤沢な国、ロシアの大都市モスクワに住む私も思います。
「(節電中の新宿をテレビで見て)それでもここよりずっと明るい。」
ちなみに、エネルギー大国の当地でも“不計画停電”はママあります。。。
ドイツ在住の友達曰く
「隣りの部屋のドイツ人は、
夜の照明はテレビの明かりオンリーがデフォルトだ。(ーー)」
。。。
。。。いや。。。ここまでしなくてもいいけどさ。。。(^^;)
電気を大切にする事は、物を大切にする事と同じ。
不便な土地で暮らすと、そのことは身を以て分かります。
代替エネルギーの模索と同様に大切な事ですよね。
物がある事に感謝できれば、無駄には出来なくなる
海外駐在の生活を通じて、一番学んだのはその事かもしれないです。
追伸====
昨日の夜、こんなつぶやきを見つけました。
@yamamototaro0 山本太郎俳優
原発発言やリツイートはCHECKされ必ず仕事干される、お前がその事に触れられぬ事は皆判ってくれる。二週以上前から母は僕に釘をさし続けた。日雇い労働役者稼業明日から干されてどう生きてく?だからって黙ってテロ国家日本の片棒担げぬ。親不孝許せm(__)m日曜高円寺行くのも許してチョ
(4月8日)
やっぱり少し、昔とは違うかもしれないね。
タロー、私は応援するよ♪(^^)










